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2015年8月15日 (土)

安倍首相の70年談話~妥協の産物で新味の無い凡作~自分に高いハードルを設定したアベちゃん~

おそらくアベちゃんは内心、
 「俺の心は違うんだ。こんな事を言いたいのではない。
  もっと違うことを言いたかった」、ということで、
忸怩(じくじ)たる思いで語ったのだと思う。

だから、14日未明(15日午前)の「朝まで生テレビ」で、
小林よしのり氏や古市憲寿氏ら数人から、
 「こんな内容なら、村山談話のままでよかったじゃないか。
  意味無い」、と痛烈にやり込められるのだ。

突っ込みどころ(批判攻撃)の余地をほとんど自分で抹消
あるいは減少させた、という点で、政権批判側からすると
ドーショーモナイほど陳腐な内容だ。

保守層からしても、「気配りすぎだろう」、と
たぶん思っているに違いない。


  <妥協の背景>

4月の段階では、「おわび」はしない。「侵略」の言及はしない。
「反省」もどうするか検討中、とまで強気だったアベちゃんが、
なぜ妥協につぐ妥協に徹さざるを得なかったのか?

1つは「支持率の急降下」だ。安保法案への批判から、
いまや支持率はピーク時の半分にまで減少した。
ほとんど「危機的支持率状況」にある。

2つは、公明党がかなりここでは頑張り、
「後から公明党が談話を批判するような、そういう内容では困る」
と注文をつけ、アベちゃんは「承りました」と応じた。

3つめは、保守的な、アベ色と想われた有識者懇談会が、
「おわび」は求めなかったものの、「侵略」と「痛切な反省」は
盛り込むべき、と言及したこと。
これはアベちゃんにとっては「想定外」だったのではないか?

4.そして、これこそ決定的で、別途書くが、宮内庁から、
「戦没者式典で陛下は<踏み込んだ発言>をされる」
という情報が官邸に事前にもたらされたのだろう。
実際、陛下は「さきの大戦に対する深い反省と共に、
今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い」と
「深い反省」というこれまで同式典では使われなかった言葉を
盛り込まれた。

これが官邸に事前に知るところとなり、
あとで野党からや世論で、
 「陛下が反省に言及されたのに、総理はなぜ
  盛り込まなかったのか?」
と批判されたらたまらん、と、
今回の「妥協の産物」が誕生したのだろう。

これらの要因により、「痛切な反省と心からのおわび」、
「侵略」をカットするわけにはいかなくなった。
「アベ色は大幅に後退した」ということだろう。


  <ギリギリの抵抗>

ただ、それでもギリギリの抵抗としては、反省などは
 「過去の歴代内閣が表明して来て」
 「我が内閣の立場も揺るぎはない」と、
主語が私ではなく、第三者的に置き換えた表現としたのは、
彼のギリギリの抵抗だったに違いない。


 <植民地時代や日露戦争への言及はバカげている>

冒頭から、西欧諸国による植民地支配と、日露戦争が
それを打開する意義があったとする文脈には呆れた。
今更そんなことを言ってどうするのだろう?
日露戦争を肯定したかっただけの陳腐な言及だ。


<子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない、について>

言いたい事は解る。私でさえ、
 「今後、20年後も50年後も今と同じく、中韓等から
  「おわびしろ」「過去に既にしたじゃないか」
  という言いあいが続く状況はどうかと思う」

この点では、すなわち、言葉の表面的意味あいでは同意する。

しかし、アベちゃんは「いつまで謝罪しなきゃいけないのか」
という単にプライドからの思いだけで言及している「程度」に
感じる。

大事な肝心なことは、そういう日本人としてのプライド
だけではなく、

 「おわび云々ということが出ない、もう必要としないで
  友好関係を保っている、前向きな共同プロジェクトが
  多々存在するような中国や韓国との関係を築いていく」

ということであり、
若い世代にはそうした関係を築いて言って欲しい、
それは「なみ大抵のことではない」けれど、と思う。

だから、
 「子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」
  そのとおり。なら、友好関係を築く努力をしろよ


<謝罪を断つことは簡単ではない、というのはこういうことだ>

個人対個人でも、「嫌なこと」をされた場合、
「それをした側はすぐ忘れる」ことがあっても、
「嫌な事をされた側は忘れない」という「絶対的な真実」が
存在する。国家間も同じである。

侵略戦争をしかけた側や、原爆を落とした側は
「そうだったね」で済ませても、
された側は「そうだったね、じゃあ済まねえだろ」、
という事になる。

このことを忘れないという条件、前提の上で、
「謝罪云々がもう出てこないような関係」を
アジア諸国と築くことが重要だ。


<自分に高いハードルをかけたアベちゃん>

しかし、口で言うのは簡単だ。アベちゃんは
「子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」
と言うが、では未だに続く従軍慰安婦問題を
どう解決するのか?

むろん、私でさえ、韓国が「アメリカの駐日大使館前に
慰安婦像を建てたりするのは最低な行為」と思うし、
急に「蒸し返してきた感」の感情は覚えるが、そうであればこそ、
そうとう慎重で誠意ある継続的な折衝が大事なのに、
日本の保守派~櫻井よし子とかいう女性を含めて~
 「慰安婦は軍の強制ではなく自主行為。いわば売春」
というような発言が放置されてよいのか?

そういう状況が続くようでは、たぶん残念ながら
「50年後も<謝罪云々>が存在する両国間」
であり続けることだろう。

すなわち、
「謝罪を続けさせないためにすることは相当大変なこと」
であり、アベちゃんが言及した以上、
「そうとう頑張って中国や韓国と仲良くすること」
をしていかざるを得なくなったと考えるべきである。
アベちゃんは、「そういう高いハードルを自分に設定した」
のだ。

今回の安保法案は、近隣諸国との友好関係構築の
観点からも、それに逆行するものである。

言っていることと実際が違いすぎる。
ゆえに、今回の談話も相当ウソがあると考えられる。

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なお、8月18日の朝日新聞に54歳の高校で国語を教える
女性教師がとても鋭い指摘をしていた。

 いわく、談話の中で、

「国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした新しい
 国際秩序への挑戦者となっていった、というが、
 「挑戦者」はおかしい。
 前向きな困難に立ち向かうことを挑戦という意味を、
 日本の過去の過ちに対してその言葉を使うということは、
 犯罪者もテロリストも「秩序への挑戦者」になってしまう」

見事な、鋭い論評だ。

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