2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Amazon CD

  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
無料ブログはココログ

« 田中彩子さん ソプラノ・リサイタル at 紀尾井  華麗なるコロラトューラ | トップページ | 映画 「パリよ、永遠に」 »

2015年3月22日 (日)

オテロ~神奈川県民ホール~Wキャストそれぞれの個性、特色に関する感想

オテロ~第1日目の組~神奈川県民ホール
私にとってのヴェルディは「アイーダ」でも「椿姫」でも
「レクイエム」でもなく、まず「オテロ」だ。

では今回のダブルキャストの初日=1組目の公演は
どうだったか?

その前に、ダブルキャストの出演者を記す。

指揮:沼尻竜典

管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、二期会合唱団

演出:粟國 淳

 ソリスト     21日(土)   22日(日)

オテロ      福井 敬   アントネッロ・パロンビ

デズデモナ   砂川涼子    安藤赴美子

イアーゴ     黒田 博    堀内康雄

エミーリア    小林由佳    池田香織

カッシオ     清水徹太郎   大槻孝志

ロデリーゴ    二塚直紀    与儀 巧

ロドヴィーコ   斉木健詞   デニス・ビシュニャ

モンターノ    松森 治    青山 貴

 初日公演の感想

例えば、観終わった私に、観なかった友人Bさんが
 「どうだった?」と感想を訊くとする。
私は答える。
 「福井敬さんが素晴らしいことは想像がついたし、
  実際素晴らしかった。
  それでも今日は、砂川さんに尽きる。
  砂川涼子さんの名唱、絶唱に尽きる」、と。

後ろから来た友人Cさんが続ける。「そのとおりだね」と。

もちろん福井さんも登場から最後の自死に至るまで
ほとんど全て圧巻である。

しかし例えば第1幕最後のデズデモナとの愛の二重唱では
 ~敢えてオブリガート的な意図を出したのか~
愛の確かな歌というにはやや控えめだったのに対し、
ここでは完全に(タイトルロールに関わらず)
 砂川さんが「主役」としての歌唱を聴かせたし、
何より、第4幕の「柳の歌」に続く「アヴェ・マリア」での鮮
烈で高貴なまでの悲しみの歌に、
満員の聴衆は静まり返り、自分だけでなく、
聴衆が皆感動しているのが伝わってくるこの日の白眉
と言ってよい名唱、絶唱だった。

イアーゴの黒田さんはまだ足が完全に治っていない状態
を含めて、意地悪い奸計(かんけい)を声の色合いからして
見事に演じ、
第2幕最後のオテロとの「男の二重唱」も圧巻だった。

それにしても、ストーリーだけ考えれば、
「オテロ君、イアーゴの言うことよりもまず愛する
 デズデモナのことを信じようよ」と誰もが言いたくなる内容
  (もっとも、これについてはプログラムで、それほど
   単純は話ではないということを、人種的、
   文化的観点から河合祥一郎氏(東大教授)が解説して
   いて興味深い)を、ここまでドラマティックに書いた
   ヴェルディの偉大さにあらためて敬服する。

第1幕の冒頭からしばらくの間、合唱による迫力ある展開が
なされる点も、合唱ファンにはたまらないだろうし、実際、
びわ湖ホール声楽アンサンブルと二期会合唱団の合唱は
実に見事だった(指導=佐藤宏氏)。


それにしても、砂川さんは見事だった。

これまでも「うまいなあ」と感心することはあっても、
ここまで感動したのは初めてだ。
私にとっての砂川さんは今後しばらくこのデズデモナの砂川さん
ということになる。

砂川さんがこれだけデズデモナのレベル(ハードル)を上げて
しまった後、明日、安達赴美子さんはどう歌い演じるのか、
とても楽しみだ。

ホールを出ると、まるで今日の公演のデキを讃え、
成功を祝うかのように、横浜の港の客船がC♯の汽笛を
響かせた。
 「ド シャープ」と私は言い、駅に向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2日目のオテロの感想~明るいトーンの歌手による音楽的ドラマ

2日目の組は、前日の組とのトーンの違いが際立ち、
とても面白かった。


 【イアーゴ~黒田さんと堀内さんの違いについて】

まず、イアーゴ役で初日の黒田博さんがドス黒い情念の
濃い声で悪を演じたのに対して、この日の堀内康雄さんは
もう少し明るい響きの発声により、
セリフに情念を加えることよりも明瞭に発音される言葉の力
によって迫力を作っていくアプローチをされた。

どちらも素晴らしく、これはもう好みの問題かもしれない。


 【オテロ~福井さんとパロンビさんの違いについて】

それが最も顕著だったのが、他ならぬオテロを歌い演じた
2人の違いだ。
昨日の福井敬さんは、感情移入という情念ありきにまず立ち、
「オテロに成りきる」ことを命として挑んだ、
そういう入魂のアプローチであり、よって暗く太い声による歌
やセリフを全面に出した傑出した内容だったのに対し、
世界のオペラハウスで活躍するイタリア人
 アントネロ・パロンビさんは、もっと細く明るいトーン
による声で、悲劇だろうと何だろうとあくまでも
 「オペラ作品における主役としての歌」を聴かせることに
徹したアプローチだった。

いわば、福井さんのように役にのめり込み役に一体に
なるのではなく、1歩引いた少し俯瞰(ふかん)した
客観的位置からのアプローチと言える。

だから、それが場面によっては際立って優れた歌唱として
聴衆を魅了したが、場合によってはやや物足りなさも感じた。
それでも第3幕では、感情移入の度合いを増して入魂を
感じさせたりもしたが。

典型的な優れた客観性というか純音楽的アプローチに
思えた場面は、最後の最後、自害する直前、
死んだデズデモナに対して、
  「デズデモナ!」と叫んだ声だ。

あの声の神々しさ見事さは、第1級のいや比類無い
とさえ言えるほどの素晴らしい声だったのだが、
少し意地悪く言えば、やはりあれは「計算された見事さ」
なのだ。

 「この場面では、こういう優れた声で叫ばなければならない」
というプロフェッショナルな思考と計算に基づく声。
もちろんそれを実際にやってのける力量の見事さ!が基盤にある
のは言うまでもないのだが。

福井さんは計算に基づくというより、各場面ごとの
感情の流れを重視して、そのときの情感に乗せて歌っていく中
に、深く複雑な感情とその「揺れ」、憎しみの度合いの凄さが
 (仮に歌の完成度を犠牲にしてさえ)出ていたのに比べ、
パロンビさんはあくまでも役としての主役の歌としての
最高レベルを引き出し、際立たせていた、と言える。

もうこれは、好みというか、少なくとも2つのアプローチがある、
ということを2人が立証してくれた、と言えるだろう。


 【デズデモナ~砂川さんと安藤さんの違いについて】

凄絶で哀感溢れるデズデモナを歌った砂川涼子さんに対して、
この日の安藤赴美子さんも美観という点では劣らぬ
素敵な歌唱を終始聴かせてくれたのだが、良くも悪くも?
声に「影」というものをほとんど感じさせない無垢の声を
基本とする安藤さんなので、
デズデモナをあくまでも1人の女性の悲劇、すなわち
 「幸せな結婚がなぜこうなるの?」という悲しさを
シンプルに率直に出していた。

砂川さんの場合は、言ってみれば、
降りかかってくる理不尽さと悲しみについて、心の行き先が、
このオペラの原作であるシェイクスピアが第1幕で描き、
ボイードの台本、ヴェルディの音楽では省略された
 「ムーア人との結婚という人種的文化的拮抗、
宿命的悲劇」という事さえ連想させるほどに
哀しさの大元をえぐり出す歌唱だった、という対比ができる
かもしれない。


  大槻さんは見事

カッシオを歌った大槻孝志さんはとても明瞭な声で、
広いホールをものともせず、美しく響くトーンによる歌は
とても素晴らしく、この役に関しては大槻さんに軍配を上げたい。


 エミーリア役~2人とも充実、良かった

トーンの明るさの違いはエミーリアにも言えるかもしれない。
小林由佳さんも池田香織さんも低音の豊かな充実した声を
第2幕で聴かせてくれたのだが、
終幕のデズデモナが死んだ後、イアーゴのやり口を非難する部分
では、太めの声を湛(たた)えた声で歌った小林さんと、
もう少し細い(ソプラノに近い)トーンにギアを変えて歌った
池田さんという対比も、両日聴かせていただいた者には
とても贅沢な聴き比べであり、興味深い対比で、
どちらも魅力ある役としてそれぞれ演じ、とても良かった。


  その他

アヴェ・マリアの直後、プッチーニの作品なら「ブラーヴァ」が
来るところだが、この作品はすぐにコントラバスの不気味な演奏
とともに、オテロが入ってくるので、拍手は不適切と言える
のだが、このホールでも拍手は起きず、
自ずと聴衆のレベルの高さが判った。

横浜までオテロを聴きに来る客はそういうレベル
ということなのだろう。

それにしても、このオペラはアリアらしいアリアがほとんど無く、
したがって、素人が口ずさむようなアリアはゼロに等しく、
モノローグ風の対話音楽というような様態で形成されている
にもかかわらず、私を含む世界の多くの聴衆から好まれている
という、ある種稀なオペラかもしれない。


 加藤さんの論評は素晴らしい

なお、プログラムには前回先述の河合氏の文の他、
加藤浩子さんという音楽評論家で慶大講師が、
シェイクスピアの原作やロッシーニのオテロとの対比、
ナンバーオペラの要素の有無の検証、そして
 「ファルスタッフ」に至る流れを書いていて
とても勉強になる。優れた論評と言える。


最後になってしまったが、粟國淳(あぐに じゅん)さんの
演出は、舞台を効率的に使った、
そして奇を衒(てら)う事の無い、風格ある舞台演出で
良かった。


  余談ですが

終演後、ロビーに出ると、テナーの樋口達哉さんが
  (奥さんと?)いらっしゃったので、
 「新しいCD、購入しました。いつかサインください」
とお願いして、会場を後にした。

« 田中彩子さん ソプラノ・リサイタル at 紀尾井  華麗なるコロラトューラ | トップページ | 映画 「パリよ、永遠に」 »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック