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2015年3月10日 (火)

東京大空襲から70年~何度でも書く       総指揮官 カーチス・ルメイ 叙勲のことを

カーチス・ルメイ
東京大空襲から70年~この作戦の総司令官に戦後、
日本政府が勲章を授けた、ってご存知ですか?

2011年3月11日付 朝日新聞に掲載された
私の投稿文のご紹介

未明の空襲だけで東京の下町を中心に10万人以上が死亡した
東京大空襲から70年が経った。

大学で国際政治を専攻したのは、小学生のとき、
市立図書館で見た「東京大空襲」という「写真集」が
原点にあると思っている。

真っ黒く炭化した母子と想われる写真から
目をそらすことなく見ていた。


  ご承知でしょうか?

この大空襲の総指揮官だったカーチス・ルメイに対して、
戦後、日本政府はあろうことか、
 「自衛隊の育成に貢献した」として、
なんと勲章を授けているのだ。

バカじゃないか、と誰もが思うだろう。

これが自虐行為の最たるもの以外の何だと言うのだろう?

右翼こそ激怒批判して検証しなければらないのに、
彼らは知能的にも根性的にも 所詮アメリカを批判する力も
気力も無いから、今日まで知らないか、知っていても
知らん顔している。

もちろん自民党もそうだ。

この叙勲は昭和天皇も佐藤総理も反対したにもかかわらず、
時の防衛族である小泉純也防衛庁長官
 (小泉純一郎元首相の父)や
自民党の源田実参院議員らが推し進めたと言われてういる。


 これについて私が書いた投稿文が朝日新聞に掲載された。

 日付は 2011年3月11日。そう「あの日」の朝刊に。


ところで、その前に、
私は新聞投稿魔では決してないが、これまで

 朝日新聞に4回、東京新聞に6回、毎日新聞に1回、

私の投稿文を掲載させていただいた。

内容はむろんマチマチで、企業の労務問題もあれば、
モーグルの上村愛子さんの
 「何で(五輪で順位が上がるのが)1段1段なのだろう」
に関する感想等いろいろ。

2011年3月11日の朝に読まれた方には結構インパクトが
あり、地方在住の友人複数から(後日)読んだよ、
と連絡をいただいたのだったが、
なにぶんあの日の午後2時46分18秒に生じた悲劇と
その対応に国内が一色になったのは当然なので、
読んでいただいたかたにも心象的には薄いものになっている
かもしれないので、ここにあらためて紹介させていただきます。

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 【2011年3月11日 朝日新聞「声」欄に掲載された全文】

毎年3月10日が来ると、東京大空襲を指揮した米軍人
カーチス・ルメイ少将(当時)の名を思い起こす。

精密爆撃用に開発されたB29を焼夷弾で非戦闘員を狙う
無差別のじゅうたん爆撃に使って東京を含む日本の各地を
焦土にし、広島、長崎への原爆投下を実行した司令官だ。

後にベトナム戦争で米空軍参謀総長として
北爆を推進した人物でもある。

その彼に、あろうことか1964年、日本政府は
 「航空自衛隊の育成に協力した」、として

勲一等旭日大綬章を贈ったのだった。

市民への無差別爆撃で貴い命を落とした犠牲者たちが
こんな事実を知ったらどう思うだろうか。

勲章授与に際しては反対論もあった。
ルメイ参謀総長は昭和天皇との面会も宮中参内もせず、
当時の佐藤栄作首相にも会わずに異例の形で授与された。

小泉純也防衛庁長官(小泉純一郎元首相の父)や
自民党の源田実参院議員ら一部勢力が推薦し、
推し進めたと伝えられる。その背景には諸説があり、
事の真相は明らかにされていない。

90年に物故しているルメイ氏に勲章の取り消し・返還を
求めるのは現実的でないにしても、
少なくともかかる事実がいかなる背景でなされたのか、
きちんと追究調査され広く国民に知らされるべきではないか
と思う。

 (以上です)

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なお、「3.11」の前日、2011年3月10日付けのブログで、
「明日掲載されます」として、文中で、

①原文=新聞に投稿した文、
②担当記者からの変更案、打合せ段階での最終文案、
③実際に掲載された文、の3段階を紹介しているので、
ご興味あればお読みください。

例えば、①では
「チャップリン映画のセリフを借用するなら、
 「1人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄さ」
 というところなのだろうか」

とも書いているのだが、
これは字数的(紙面面積的)に削除したい、とのことがあった
わけだ。その事情いきさつ等は下記のとおり。


ご参考~新聞掲載に関する各社の取り扱いの違いについて

 朝日新聞

朝日新聞は、「これを掲載しよう」と(たぶん関係者の会議で)
 決定すると、投稿者に電話やメールで連絡し、
内容の事実確認や、表現の変更、文の加筆や削除を含む
修正の提案などにより、投稿者と相当入念なやりとり
 (打合せ)をする。
それで、修正文に投稿者が納得、合意し、掲載日が
決められ、それを教えられるので、その日まで待つ、ということに
なる。

修正といっても8割位は原案が尊重されるので、よほどのことは
無い限り、「妥協」して了解しているのが現状と推測します。


 東京新聞

東京新聞は驚くことに、事前にそうした連絡や打合せが
全く無くl、いきなり掲載される。
そう、当人に「掲載します」の連絡もなく、これはウソでも冗談でも
なく本当なのだ。
ですから、投稿してから少なくとも10日間位はしっかり購入して
確認していないと掲載されているのを知らなかった、ということが
生じる。

実際、私も1回経験している。
1ヶ月後位に送られてきた謝礼(タオルセットだったと思う)
を見て、「ゲッ、掲載さたんだ」と慌て、
その文面を新聞社からファックス送信していただいたことが
1回だけですがありました。


 毎日新聞

毎日新聞は、その2紙の中間というか、
○月○日前後(位)に掲載します、と一応連絡が来るし、
「文の表現も少しだけ変えますがご了承ください」
としてくる。 まあ、
「少しだけ」ということならいいか、という感じで
 (よほど気にする人は別でしょうが)、
掲載されるのを待つ、という流れだ。


このように投稿文掲載に対する対応も各社で異なるのが面白い。

ちなみに、読売にもトライしたことはあるけど、
好きな新聞社ではないし、今後もこだわる気は無い。

産経はまったく興味が無い。
日経新聞はご存知のとおり読者の投稿コーナー
というもの事態が無いので、これまたそういう意味では
縁が無い新聞です。30数年来の日経新聞読者なのに。
ということで終わります。長文で失礼しました。

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