2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Amazon CD

  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
無料ブログはココログ

« 三善晃さん追悼コンサートby桐朋学園大学   第1夜は合唱曲と歌曲の夕べ            ピアノ科学生による合唱の問題点について | トップページ | 東京混声合唱団 アプリコ特別演奏会      名曲集を堪能 »

2015年2月 6日 (金)

三善晃さん追悼コンサートby桐朋学園大学   第2夜はオーケストラの夕べ            皇后陛下と小澤征爾さんも臨席されて

三善晃さん追悼演奏会by桐朋学園
 ~第2夜はオーケストラの夕べ
 皇后陛下と小澤征爾さんも臨席されて

第2夜は管弦楽曲。

指揮=沼尻竜典

管弦楽=桐朋学園オーケストラ

演奏曲目と演奏者

1.ピアノ協奏曲(1962年)
   ピアノ独奏=石井楓子

2.ヴァイオリン協奏曲(1965年)
   ヴァイオリン独奏=豊嶋泰嗣
     当初の予定は竹澤恭子

 (休憩)

3.焉歌・波摘み(1998年)

4.響紋 童声合唱と管弦楽のための(1984年)
  児童合唱=桐朋学園大学音楽学部附属
           子供のための音楽教室
  桐朋学園女子中・高等学校音楽部 合唱班


前半は若い石井楓子さんのピアノでピアノ協奏曲(1962年)
が演奏された後、
ヴァイオリン協奏曲(1965年)を久しぶりに竹澤恭子さんの
ライブで聴けると思ったら急病ということで残念だった。

急きょ、豊嶋泰嗣さんが代役されたが、これは見事な演奏で、
もちろん譜面台は置いての演奏ながら、
もう昔から何度も演奏して完全に修得している感があった。

メンコンやチャイコンを代役で弾くという訳とは違うので、
とても大変だったとは思うがとても立派な演奏で、
カーテンコールを4回受けていた。

休憩時、ロビーのソファーには和波孝禧さんと奥様が
睦まじく座っていらっしゃった。


後半が始まるので客席に入ると、聴衆の多くが振りかえって
2階正面を見ているので、何だろう?と思ったら、
小澤征爾さんが来場されていた。そして、
小澤さんを含む数人がずっと起立したままなので、
「どなたかVIPがいらっしゃるのか?」と思ったら、
皇后陛下美智子様が後半から来場臨席され、
小澤さんといっしょに後半の曲を聴かれたのだった。

後半は、焉歌・波摘み(1998年)と、
童声合唱とオーケストラのための響紋(1984年)。

この日の指揮者は作曲を三善さんに師事した沼尻竜典さんで、
彼はこの2曲とも2003年から2004年にかけて
東フィルと~作曲者立ち合いのリハ後~ライブ録音している
ので、うってつけの指揮者というところだろう。

若い桐朋学園大学のオーケストラはこの2曲でも
弦だけでなく、管打においても優秀な演奏をした。

「焉歌・波摘み」 は、全編無調の不協和音の連続で、
 激しい部分が多い曲。


三善さんはかつて書いている。

「死者たちはまた、波間にも漂い、海底にも幽閉されている。
 1944年8月、沖縄の疎開児童を乗せた対馬丸は
 鹿児島の沖合に沈められ、昨年末(1997年末)確認された。
 南西海域にはほかにも二十数隻の疎開船が沈んでいる。
 同じ海底には、おそらく人間魚雷に閉じ込められた少年兵たち
 の骨も。
 せめて彼らの声を、谷間の花のように手にいとおしみ
 摘むことができないだろうか」、と。

曲の終わりには不協和音が続く中、ヴィオラで断片的に
 「坊やよ、良い子だ 寝んねしな」というあの
 「江戸子守唄」が奏される。


そしてこの「焉歌・波摘み」が終わるとインターバルを置かず、
既に後半が開始されるときに2階のいわゆる
パイプオルガン席側に座っていた児童合唱団
 ~桐朋学園の音楽学部付属子供のための音楽教室生徒
  および桐朋女子中・高等学校音楽部合唱班~によって、
「響紋」の冒頭が開始されたのはとても印象的だった。

すなわち、この曲は児童のア・カペラで
 「夜あけのばんに つるつる つっぺぇーった」
と開始されるのだが、それが「焉歌・波摘み」の終わり
 ~ヴィオラでかすかに聞えた「江戸子守唄」に続くかたちで
続けて演奏が開始されたのだ。

私はこの「響紋」は初演時からよく知っているが、
ライブは久しぶりだったので、あらためて感慨感動を新たにした。

三善さんの戦争三部作すなわち
 「レクイエム」(1971年)、
 「詩篇」(1979年)に続く三部作最後の作としての「響紋」では
初めて児童の声を用いたわけだが、
オーケストラが徹底的に無調不協和音~すなわちそれは
地上の爆弾だったり機銃掃射だったり等々~を続ける中、
わらべの声は整然と平然と端然として
 「かごのなかの鳥は いついつでやる」とか
「海の海のそこぬけ」と歌い続けるのだ。

けれど三善さんは、子供の声を例えば教会の中での
聖なる声として扱ったのではなく、
あたかも戦闘機が空を飛んでいる中でさえ、畑で一人、
子供がわらべ歌をつぶやくような素朴さを基調として、
この「響紋」を創ったのだった。

全体には単調なメロディとはいえ、部分的には
音域を大きく変え、あるいはパートに別れて歌い続ける
という大変な役を受け持ち見事に歌った児童コーラスは
とても立派だった。

終演後、万雷の拍手を受けていたのは当然だ。

演奏後、児童たちは何度もおじきをいた後、退場したが、
児童の最後の一人が舞台裏に入ってから皇后陛下が
席を起たれると、客席および敢えてステージに残っていた
のであろうオケ団員から大きな拍手を受けていた。

美智子様も何度も会釈と拍手を客席とステージに
向けていたのだった。

私がロビーに出て2階を見ると、
既に児童コーラスのメンバーは2階ラウンジにならんでいて、
皇后陛下を見送っていた。

 「焉歌・波摘み」が対馬丸に関係した曲であり、
戦後、対馬丸にも強い関心を抱いてこられた天皇皇后両陛下
なので、この日、美智子様が来場されたということもあるかも
しれないが、
両陛下は以前から三善さんの作品には強い関心を持っておられる。

1985年、尾高忠明さんとN響により「戦争三部作」が
演奏された際も、当時はまだ皇太子殿下と妃殿下で
 らっしゃった現 天皇皇后両陛下が
三善ご夫妻といっしょに聴いてらっしゃったのを
私はまじかで見ている。

その近くには先日他界された評論家の遠山一行さんも
いらっしゃったし、終演後ロビーに出ると、
武満徹さんとギターの荘村清志さんが立話をされていたのも、
つい昨日のことのように覚えている。

三善さんを偲ぶ、良い演奏会だった。

« 三善晃さん追悼コンサートby桐朋学園大学   第1夜は合唱曲と歌曲の夕べ            ピアノ科学生による合唱の問題点について | トップページ | 東京混声合唱団 アプリコ特別演奏会      名曲集を堪能 »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック