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2015年2月15日 (日)

ザ・シンフォニカ 第57回 定期演奏会       ブルックナー交響曲第8番

2月にザ・シンフォニカ(日)、
その後の21日にはみなとみらい21交響楽団と、
アマオケだが、2週連続でブルックナーの第8交響曲を聴いた。

特に、ザ・シンfニカは巧いオケなので、
ここではもっぱら曲(自体)についてのみ書いてみたい。


私にとって、ブルックナーは
LOVEの度合いに濃淡がある作曲家だ。

7番は文句なく素晴らしく、

9番はアダージョ楽章の素晴らしさが絶品だし、
 スケルツォも彼のシンフォニーの中では1番面白い。
 シューベルト同様、「未完成で(続く楽章が無く)良かったね」
 という作品だ。

4番も~以前、弾いていてトレモロの多さに眠たくなったことは
 あるものの~美しい作品だと思う。

3番の冒頭はカッコイイし、

6番のアダージョは素敵だ。


問題はまず5番。
好きな人は好きで、たぶん
 「5番が好き、という人こそ、真のブルックナー通」
 かもしれない、とさえ思うのだが、
 私には冒頭から「重たすぎる」曲で、
 今のところ苦手意識が強い曲だ。


そして今回とりあげる8番。
苦手意識は無いし、十分美しく偉大な曲であることには
同意はするが、7番や9番、4番等に比べて、統一感というか、
美観の構築がやや中途半端というか、ブルックナーにしては
 「形式(枠)に無理に入れ込めよう、整えよう」
という意識が強過ぎるような~いささか教科書的、
教科書を作成したかの感のある様な~不自然さ不自由さを
感じる。

あるいは矛盾した言い分になるが、
たくさんのモティーフを入れ込みたいが、やや持て余している
というか、うまく処理しきれてないようにも思える。

特にそれを第1楽章に強く感じる。
後者での言い分は9番の1楽章にも言えないこともないが、
9番はもっと練りに練っているという感じがする。

それでも、第2楽章は壮大な音響なのに形式としては
シンプルによく書けていると思う。

第4楽章も有名な印象的な出だしから終結部まで
 「つなぎ」は効果的だし、宇野功芳さんが「逍遥の音楽」と
感じたという練習番記号Iの部分も印象的で、
7番の終楽章でさえ感じる「とって付け感の終楽章」の要素は
8番では薄いと言え、成功している楽章だと思う。

第1楽章とともに問題を感じるのは第3楽章のアダージョだ。
多くの人が褒めるこの楽章を私は「買わない」。
他のシンフォニーのアダージョに比べ、とても「人工的」なものを
終始感じる。

もっとも典型的なのは終結部である練習記号Xからで、
第1ヴァイオリンによる穏やかなテーマも、その出てくる様からして
自然に思えない。何か唐突感を覚える。
マーラーなら、たとえ「あざとい」と想われるほどでも、
もっとナチュラルさを(を装うにしても、それを)巧みに紡ぎだすように
記譜したように想像する・

かつて朝比奈隆さんが涙を流しながら指揮をしたという
このアダージョのエンディング部分は、
私には出現が有機的でなく、「人工的な素朴さ」という
矛盾した感情を覚える。


佐藤眞さんと宇野功芳さんが、マーラーの9番の第1楽章を
褒めるいっぽう、終楽章をボロボロに批判しているが、
そこで言及されるこのブル8のアダージョと比べ、
私にはマーラーの9番の終楽章が劣っているとはとても思えない。
マーラーこそ自然に有機的にあのエンディイグを作っていっている
のに対して。このアダージョは私には作為的に過ぎるのだ。

とここまで書いたところで、
 「いや、突然に新しいエンディングへの助走を開始したこが
  斬新(な創り)なのかもしれない」
とも想うようにもなった。

ゆえにもっと聴かないと結論付けないし、もちろんこれからも
何度でも聴いていこうと思っている。


それにしても、9番の第1楽章の複雑さ、重厚さに比べると、
スコアを1見しただけでも、8番の単純さが見てとれる。
もちろん、「偉大なものは全て単純である」に言及するまでもなく、
単純さイコール「デキがいまいち」ということではない。

8番がある種「カオス」の流れに特徴があるにしても、
このカオスは今後もまだまだ私に「?」を投げつけて来るだろう。

繰り返しになるが、「食わず嫌い」はせず、
これからも8番を聴いていきたいとは思っている。


ザ・シンフォニカでのプログラムのもう1曲は、
 ドビュッシーの「イベリア」だったが、
これは特にどうということは感じなかった。

もしドビュッシーがこの曲しか残していないなら、
 「たいしたことのない作曲家」という認識で
私は終わっていただろうし、音楽史的にもそうだろうと思う。

もちろん、「牧神」や「海」、「ペレアス」、いくつかのピアノ作品等
によって、重要な作曲家であることを決定づけたし、
納得している。

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