2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Amazon CD

  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
無料ブログはココログ

« 澤江衣里さん リヒャルト・シュトラウスを歌う    with 居福健太郎さん at 大塚Greco | トップページ | ズービン・メータ氏の変化~マーラー交響曲第5番から »

2014年11月16日 (日)

VOICE SPACE~ヨコハマ・インスピレーション  波止場の中也、風のなかの賢治

「VOICE SPACE」のヨコハマ・インスピレーション
「波止場の中也、風の中の賢治」を
横浜赤レンガ倉庫第1号館3階ホールで観、聴いた。

まず、出演者と演目は以下のとおり。
聴衆はとても多く、ざっと見、ほぼ満員に近かったので、
目算で500人くらいいたのではないか、と推測する。

出演者

中村裕美 (作曲・ピアノ)

小田朋美 (作曲・ピアノ)

小林沙羅 (ソプラノ)

薬師寺典子(ソプラノ)

吉成文乃 (メゾソプラノ)

渡辺元子 (尺八)

澤村祐司 (箏・三味線)

石井千鶴 (鼓)

豊田耕三 (アイリッシュフルート)

大石俊太郎(サックス)

古川 麦  (ギター)

関口将史 (チェロ)


  第1部

1.朝の歌 詩=中原中也 作曲=中村裕美
   歌=薬師寺典子

2.秋の日(初演) 詩=中原中也 作曲=中村裕美
   歌=小林沙羅 箏=澤村祐司

3.間奏曲(中原中也記念館BGM) 作曲=小田朋美
   チェロ=関口将史 ピアノ=小田朋美

4.月夜の浜辺  詩=中原中也 作曲=中村裕美
   歌=吉成文乃  Per. チェロ、サックス、笛

5.湖上  詩=中原中也 作曲=中村裕美
   歌=小林沙羅

6.間奏曲(中原中也記念館BGM) 作曲=小田朋美

7.ア ナザ ミミクリ Op.1
   詩=藤原安紀子  作曲=小田朋美
   全員

8.リビング 「ウィルスちゃん」より
   詩=暁方ミセイ  作曲=中村裕美
   全員

 (休憩)

第2部 おれはひとりの修羅なのだ
   ~宮澤賢治をめぐる音楽ファンタジー~2nd. Version
    構成=早坂牧子

以下の作曲は、中村裕美さんが 1、2、4、6を、
小田朋美さんが5と7を担当した。

1.序

2.「有明」

3.「鬼言(幻聴)」

4.「真空溶媒(Eine Phantasie im Morgen)」

5.「ぬすびと」

6.ゴーシュと楽団

7.〔風が吹き風が吹き〕


後半の1は長大で、第1部の「ア ナザ ミミクリ」に似た曲想。

2は古典的で、小林沙羅さんと吉成文乃さん、
チェロの関口さんによる。

3は短い語り。

4も長大だが、くだけた感じの内容。
ピアノ、チェロ、ギター、サックスに、
小林沙羅さんによるドスの効いた独白的な語り、
薬師寺さんによる方言的語りが面白い。

5はジャズ風の間奏曲という感じ。
 ピアノ、チェロ、ギター、サックスと歌。

6は「セロ弾きのゴーシュ」を基に構成された場面として、
 チェロソロに、他のメンバーがお面をかぶっての寸劇
 として演じられた。

7は全員での歌。ピアノによるエピローグ。

アンコールとして、小田さんの作曲による「林と思想」が
 小林沙羅さん、吉成文乃さん、石井千鶴さん、
 そして小田さんのピアノで演奏された。
 なかなか印象的な良い作品だった。


その後、リーダーの澤村さんによりメンバー紹介があったが、
彼のスピーチも今回の公演をピシリと締めるとても良い内容
だった。この日の成功を象徴していた挨拶と言える。

そして、恒例と言ってよい「明日」が全員で演奏されたのだが、
小林沙羅さんによるスキャット的オブリガートはミュージカル的
でもあり、結果かつて無いほど魅力的なアンサンブルとして
演奏された。


  全体として

見えてきた方向性
 ~しかしそれは「新たな混沌への挑戦の開始」と考えてみる

私にとっては今回が5回目の「ヴォイス」体験=公演だったが、
これまでのどの回にも増して深い感銘を覚えた。

内容的には今年1月の公演内容と実はそれほど
大きな違いは無いにも関わらず、という点でも
私には大きな驚きだった。
それはなぜだろう?という事を考えるのも面白いかもしれない。

その1つの要因としては、
状況的にもこれまでと異なる点は在る。

端的に言えば、会場が、先進的にして歴史ある港街の、
そこに在る歴史的な建物(少なくともそれを模した空間)
という、いわば文化の新旧を感じさせる建物での公演であり、
加えてその比較的広々とした空間に、冒頭に書いたように、
ざっと目算で500人前後はいたであろう聴衆前にしての
 「ヴォイス」は、個々人間である以上、
やはり多くの聴衆からの自然な刺激は受けていただろうと
想像する。

もちろん、音楽は~言うまでもないことだが~
何でも小さなホールより大きなホールで演奏することが
良い事とは限らない。
そういうものでは必ずしもないものが音楽というものであり、
音楽と奏者と聴衆の関係性はそうした面は存在すると思う。

会場に2,000人いても伝わらない音楽や演奏というのは
あり得るし、1人しかいなくても通じる良い音楽、
優れた演奏を奏者は行い得る、音楽はそういうものだ。

しかし、これを言い換えるなら、もちろん、奏者がそれに
相応しい内容を用意し、パフォーマンスを如何なく発揮する
という場合においては、小さな会場で発信された音楽以上に、
より多い聴衆に対して~興行的云々ではなく内容において~
より考え抜かれた精度と純度の高い音楽を提供できる、
そういうことも、もちろんあるだろう。

それは、より多い聴衆側から、その注目や好奇心や期待や
興奮などが奏者に自然と返信されているから、
という要素に触れないわけにはいかないのだが、
今回の「ヴォイス」の公演には、正にそれが在ったように想える。

このことは、今回の成功の大きな要因になっていると想える。


私が初めて「ヴォイス」の公演を体験したのは、
2010年12月1日の「第2回東京インスピレーション」だった。
そのときは、内容のユニークさと小さな会場での熱演に、
ただただ驚いただけだった。

その後、「慣れた」し、それ以上に「ヴォイス」のパフォーマンス
のいわば真剣度合いが強く感じることができてきた。

彼らのパフォーマンスに内在する「混沌」は重要なモティーフ
に違いないが、けれど、それはどこの方向に行くか
全く判らない状態が続くと、聴衆も演じる彼らにおいても、
やはり困惑だけが残りかねない。

しかし、今回の公演は、そうした模索段階から一歩踏み出し、
前に進んだように想える。

抽象論ではなく、具体的に言えば、まず構成が良かった。

第1曲目に、薬師寺さんが歌う「朝の歌」を持ってきたのは
とてもインパクトがあり、正解だったし、

また、タイトルにかかわらず、中原中也と宮澤賢治だけでなく、
藤原安紀子さんの詩や、2012年「ウイルスちゃん」で
第17回中原中也賞を受賞(満場一致で決定)した
暁方ミセイさんの詩に基づく作品をもってきたという新しい点が
何より斬新だったと想う。

参考;ちょうど11月15の日経夕刊に、
暁方さんが「子供のころ姉弟と家の中のモノを壊すと、
 母親が「うちは貧乏なんだからね!」と口癖のように叱った」
ことを書いていて面白く拝読した。

小田朋美さんによる、しっとりしたジャズ風の間奏曲や
 「ぬすびと」、うって変っての「アナザミミクリ」。
 そして、アンコールでの女声4人による「林と思想」の
 初演披露で楽しませてくれたし、

中村裕美さんによる、小林沙羅さんとリーダー澤村祐司さんの琴
による初演曲「秋の一日」の披露の他、ユーモアのある物語の
 「真空溶媒」など、スケール感のある曲で楽しませてくれた。

また、これまで、私が聴いた公演では、小林沙羅さんと、
沙羅さんとはまた違った声質による歌で楽しませてくれた
薬師寺典子さんがいっしょのステージはなかったと思うので、
その「共演、競演」も公演の魅力を増した要因と言える。


これらの多様な、しかしそれでいて、一定の方向性が在り、
一本の筋が通ったことで、今後の「ヴォイス」の方向性が
見えてきた、と言えるかもしれない。

けれど、その「方向性が見えてきた」ことが、
彼らにとって良い事かどうかは別だろう。
必ずしも褒め言葉になるとは限らないだろう。

というのは、彼らが意識的か否かは別として、
抽象性、表象性、即興性をパフォーマンスの基盤、カギとして
有してコンサートを展開する集団であるなら、
方向性が明確に明瞭に見えてしまうことは、
むしろ彼らにとって警戒すべきことであると想像できるからだ。

意味が無ければ伝わらない。
しかし、意味を追う為の抽象性、表象性、即興性であることは
一種の堕落あるいは後退であって、彼らはそれを慎重に
あるいは徹底的に避けるに違いないと想像できるからだ。

しかし、とは言え、もし迷いながらここまで来たとする
 「ヴォイス」彼らに、大きな自信が芽生えてきた結果
としての今回の成功なら、今後益々新たな展開が期待できる
という意味でも、
今回の明瞭なアピールとパフォーマンスの積極性は
ファンにとっても嬉しい成果と言えるだろう。


  「ヴァオス」での小林沙羅さんについて

小林沙羅さんと「VOICE SPACE」について
 ~未だ知らない人のための私的紹介

オペラやリサイタルで歌う小林沙羅さんを知っていても、
「VOICE SPACE」の中で沙羅さんが歌い演じる活動を
知らない人は、沙羅さんの全部を知っているとはいえない。

東京藝大 現代詩研究会を母体としたこのパフォーマンス集団
の「中での活動」は、気の合う友人同士でいつもと違う何かを
発散するだけの場などでは決してない。

もちろん自分たちで楽しむ要素は在るだろうが、
それに留まらない。
そして確かに「ヴォイス」の中では、あくまでも「ワンオブ」として
行動するが、しかし、他のメンバーもそうであるように、
決して「ワンオブ」などという表現では言い尽くせないほど
重要な役割を担って真剣勝負で挑み、
最終的には集団の力で発信し、披露する。

その点では、オペラにおける共同作業と同じであるとも
いえるが、しかし、「ヴォイス」の場合はもっと混沌とした
ところから、未知の可能性に向けて創造し、発信していく
という要素が強いし、
中原中也や宮澤賢治の詩の奥に在る余韻のようなものを、
中村裕美さんと小田朋美さんがそれぞれの感性で汲み取り、
音楽を付けるというより音楽を交えながら新しく発信し直す
という試みを大胆に行い、披露する。

それが「ヴォイス」であり、
沙羅さんはそこにおいて大きな役割を担っているのだ。

沙羅さん自身にとっても「ヴォイス」の存在は大きいし、
今後もそれは変わらないだろう。

沙羅さんが今後もどんなに国内や海外のオペラハウスで
活躍しようと、彼女にとって「ヴォイス」が大切な存在であり、
仲間であることは今後も変わらないだろうと私は確信している。

« 澤江衣里さん リヒャルト・シュトラウスを歌う    with 居福健太郎さん at 大塚Greco | トップページ | ズービン・メータ氏の変化~マーラー交響曲第5番から »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック