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2014年8月 6日 (水)

8月6日~2つのTV番組から~NHKスペシャル  「水爆実験60年目の真実」 ~ ヒロシマが迫る “埋もれた被ばく” と 綾瀬はるか戦争を聞く

この日放送されたTV番組について2つ記載したい。

 1つはNHKスペシャル
「水爆実験60年目の真実」~ヒロシマが迫る“埋もれた被ばく”

ヒロシマの科学が迫る埋もれた被爆は、隠されてきた
重大な歴史的事実の内容だった。
ビキニ環礁での水爆実験で被曝した日本の漁船は
第五福竜丸だけではなかった、という貴重な真実発見のルポ。

東西冷戦下、米ソの核開発競争は熾烈だった。
1954年のビキニ環礁でのアメリカの水爆実験。
3月1日の最初の爆破は広島型原爆の1000倍の威力
だった。

放射性降下物、いわゆる「死の灰」が周辺海域に
降り注いだ。

関連する余談だが、ゴジラ誕生から50年。
ご承知のように、死の灰を浴びた生物が異常巨大化
したものがゴジラ、という設定だ。
最初から明白な政治的メッセージを持つ特撮映画として
製作されたのがゴジラシリーズの映画である。

ところで、ビキニ海域での水爆実験は1日の「ブラボー」に
始まり、27日の「ロメオ」、4月26日の「ユニオン」、
5月5日の「ヤンキー」など、2年半に計6回実施された
のだが、1回目の実験で被爆した第五福竜丸は23人が
乗っており全員被爆。無線士の久保山愛吉さんは
半年後に亡くなったが、水爆実験期間である2年半の間、
第五福竜丸以外の日本の漁船も相当数行き来していた
にもかかわらず、その被曝状況の有無等、
詳細は不明とされてきた。


昨年4月、その実態を調べるプロジェクトチームが
立ち上げられた。

放射線物理学、広島大学名誉教授の星 正治さんをリーダに、
統計学の広島大学教授 大瀧 慈(めぐむ)さん、
血液学の広島大学教授 田中公夫さん、
そして漁船が多かった高知県から元高校教師の
 山下正寿さんの4人。

元々のキッカケは、1989年、ビキニ環礁で漁をしていた
船が投棄されているのを知り、その放射線量を計測した
ところ、毎次1.5マイクロシーベルトという、
自然界にあるそれの37倍の高い数値が計測された
ことによる。そして、当時の漁船員204人の追跡調査を
してみると、ガンで死亡した人が61人、
白血病になり死亡した人が3人いたことが判った。

しかし、それからの因果関係に関する調査では
厚生省から「資料なし」と言われ続けるなど、
苦労して来た中、今回の広島大学の研究者と巡り合った。

実際にはその間、米ソ間では第五福竜丸の事件に際して、
アメリカが200万ドルの見舞金を日本政府に支払う
ことで「完全解決」(Settlement)とされていたのだった。

また、2カ月半の間、周辺では、延べ数で1000を超える
日本の漁船が行き来しており、後述のとおり、実際は、
第五福竜丸以外の漁船も98隻作業をして被爆していて、
その中には早期にガンなどで亡くなった人も複数出ていた
のだが、
室戸岬などの漁民たちは漁の継続=生活維持のため
被曝を疑いながらも口をつぐんできたとう事もあった。
室戸岬の漁師の間では、水爆実験による放射能汚染
に関しては「禁句」だった。

例えば、第二幸成丸はマグロ漁業のため3月27日に
爆心1300kmの海域にいた。
乗組員20人のうち、20年間にガンなどで多くが死亡。
現在に至る生存者はわずか3名のみだ。

漁師らは「被曝のせいだ」と感じながらも、
被曝した事実は「禁句」だった。

国も、乗組員らを検査しながら、後年、問い合わせに対しては、
厚生省保険医療局長や厚生大臣も、
 「漁船と魚の被曝量数値は公表したが、乗組員たる
  漁師たちの測定資料はない」、として、
国は第五福竜丸以外の被曝を認めて来なかった。


これを、広島で長年、被爆者認定を証明するために研究
されてきたノウハウがが、放射線とガンとの因果関係を
調べてきた研究者たちが解明に挑んだのだ。

基準値としては、国際基準の100ミリシーベルトを
超えるのかどうか、という点だ。

1つは「歯」だ。
数少なくなった調べ得る当事者の「歯」がやっと見つかり、
調べていくと、人によっては驚くほど高い値の放射能数値が
測定できた。

すなわち、やはり1300kmの領域にいた第五明賀丸の
乗組員の1人は、毎時414ミリシーベルトが計測された。
これから、自然界の日常被曝量45と、
医療被曝の50を引くと 319ミリシーベルト。

これは広島で爆心地1.6kmで被爆した人とほぼ同じ
放射線量であり、被爆者手帳が交付され、
全ての医療費が全額免除される扱いに等しいものだった。


もう1つは、田中教授により、血液の中の染色体の異常を
調べることが行われた。

歯ほどの正確性は無いが、被曝の拡がりの程度を調べ得る。
口を閉ざしていた第二幸成丸の元乗組員を含む、
8隻、18人を調べた結果、推定被曝放射線量は
13人が高い数値を示し、中でも8人は先述の
国際基準を超えるものだった。


そしてまた、今年2月、アメリカの国立公文書館で、
経過年数的に公開されることになった
 機密文書(confidential)の中に、
第五福竜丸以外の漁船の乗組員についての
被曝記録があったのだ。

14隻のそのリストには、被曝した船名、港、日付、
魚の被曝放射線量、船体の被曝放射線量、そして
乗組員の被曝放射線量が記載されていた。

人体のそれは、最大で
500カウント=毎時2.5マイクロシーベルト。
問診の記録もあり、血便や歯茎の出血などについて
記録されていた。
14隻のうち1隻は、第二幸成丸だった。

あらためて山下氏が厚生労働省に情報公開を求めたところ、
記録の保存が確認された。

第五福竜丸以外の被曝船に関する記録は「無い」と
ずっと否定してきた記録は、予想どおり、
当時から、厚生省に在り、把握した被曝数値をアメリカ政府に
報告していたことが記されていたのだ。

山下氏は思わず「許せないね」とつぶやいた。


東西冷戦の中、アメリカはソ連に核実験で遅れを
とってはならない、という命題があった。

日本では、第五福竜丸事件以降、原水爆反対運動が
盛んになっていたが、

アメリカは

 「日本では放射能パニックにより、共産主義が勢力を
  増している」と警戒し、それを減退させようと、
  アメリカは
  「原子力の平和利用」というキレイ事をでっちあげた。

  具体的には、OCD(Operating Coordinating Board)
  という工作調整委員会という組織による画策で、
  日本で「原子力平和利用博覧会」が1955年から
  1957年にかけて開催された。

  この効果について、OCDはアイゼンハワー大統領に
   「一連の原子力の平和利用PR工作により、
    日本人の反核感情はほとんど取り除かれた」
  と報告している。


このように、広島の研究者達による実証と、アメリカ公文書
というデータの二つの事実により、第五福竜丸以外の漁船
での被曝者達の実態が明らかになった、
という重大な内容だった。


  もう1つのTV番組は、

 綾瀬はるか~戦争を聞く~TBSニュース23

このシリーズも今年で5年目。
6日放送は、建物疎開(空襲による火災拡大を防ぐため、
市民の家屋を壊してしまう作業)に出かけた学童たち。
広島では学童7200人の死亡のうち5000人以上が
そうした建物疎開作業の あとかたづけ中に死亡。

周辺には建物がほとんど無い地域での作業ゆえ、
まともに放射線、熱風を浴びたわけだ。

7日放送は、たまたま体調が悪く建物疎開に
行かなかったが、その自宅はより爆心地に近い
8割が即死したと言われる半径500m圏内。
爆風の建物倒壊下にいて熱風や放射線が抑制されて
生き延びた女性宅を綾瀬さんが訪問して話を聞いた。

前日まで仲の良かった同級生の死後、
69年経ってその友人の姉に初めて会いに行くシーンも
印象的だった。

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