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2014年6月 8日 (日)

八王子フィルハーモニー管弦楽団        第50回記念定期演奏会 マーラー 交響曲第5番 小林由佳さんによるイゾルデの「愛の死」

1983年11月に結成されたという
八王子フィルハーモニー管弦楽団の第50回という
記念定期演奏会をオリンパス八王子ホールで聴いた。

直接的には メゾソプラノの小林由佳さんが「愛の死」を歌う、
ということがあるが、後半はマーラーの5番があり、
5月25日にズブロッカの演奏を聴いているので、
2週間で2つのアマチュアオーケストラによる5番を聴く
という楽しみも当然あった。

指揮 横島勝人

メゾプラノ 小林由佳

1.ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」から
    前奏曲と「愛の死」

  (休憩)

2.マーラー 交響曲第5番 嬰ハ短調


1曲目は、肝心のチェロ合奏が、よく弾けている部分と、
音程が不安定な部分とはっきりと分かれてしまった点があった。
木管群もあまり魅力的には響いてこない。

小林由佳さんのソロは、細やかな情感に配慮した丁寧で
真摯な歌唱だったが、いまひとつ伸びやかさが乏しい感じもした。
オーケストレーションに負けているということはないのだが、
もう少し余裕をもって曲の流れ(進行)を急がず、
ゆったりと堂々と歌ってもよかったかもしれない。
とくに最後の「Lust !」の嬰ヘ(Fis)の音は、
クリアな響きの声でもう少し長め=1小節間いっぱいに
歌ったほうが良かったように想う。


後半のマーラーは、金管の優秀さでなんとかなったが、
木管や弦にいまひとつ魅力が無く、特にヴァイオリン群は
 「やる気を疑うような演奏」だった。
この点については後述する。

昨今、なぜかアマチュアオケで、弦の、
特にヴァイオリン奏者での賛助出演のフラグ立てが目立つ。
俊友会管弦楽団は深刻な状態だったし、
FAF管弦楽団も相当大変な状況にあると想える。

そして、この八王子フィルのヴァイオリン奏者だが、
プログラムを見ると、第1および第2合計で、
全32名中、実に18名が賛助とある。

友人で同オケの金管奏者に後で聞いて知ったのだが、
なんでも、直前に多くのヴァイオリン奏者がどっと退団した
とのこと。何があったか知らないが、不幸なことだ。
私が知っている他のオケの例では、昔、ホルン群で
そういうことがあったが。


 ファーストヴァイオリン考

元気な金管に比べ、コントラバス以外の弦で、それぞれの
第1プルト(トップ席)の2人は問題ないが、
2プルトから後ろの奏者達が、なぜ元気よく弾かないのか、
とても気になった。
特になぜか第1ヴァイオリン群に顕著だった。

以下は、①日本のアマチュア、②あくまでも一般論、
という2つを明記したうえで書いてみたい。

プロもそうかもしれないが、アマチュアのオーケストラで
ヴァイオリンを弾く人で、腕に自信のある人
 (あるいはプライド(だけ?)が高い人?)の多くは、
第2ヴァイオリンよりも第1ヴァイオリンを弾きたいと思う。
主旋律がメインとなり、いわゆる「オーケストラの顔」
といわれるから、ごく自然な正直な感情だろう。
  (注1)

だから、ともすれば、アンサンブルすることより、
自分が(自慢できるくらい)完璧に弾くことのみに意識が
行く人の集団になる危険性が在るので、常任はむろん
客演の場合でも、指揮者がオケにそうした要素を発見
した場合、それを修正してアンサンブルとして整えることが
仕事の1つとなる。

実際、以前あるオケのリハで、指揮者(トレーナー)が
第1ヴァイオリンパートに向かって、
 「私、こんなに弾けますう~、って感じで、
  アンサンブルのことより自分がバリバリ弾くことだけを
  主張するような演奏というのは
  「オーケストラ」とは言いませんよ」、
という指摘をするシーンを見ている。
  (注2)

けれど、考え様によれば、多少乱れようが、
粗っぽくなろうが、自発的に自信をもってバリバリ弾いて
いく人が多数いたほうが好ましいということは
もちろん言えるだろう。
それをコンマスと指揮者が制御、調性、統一して
いけばよいのだから。

今回の八王子フィルの例では、2曲目のマーラーの5番の、
アダージェットから終楽章にかけては、
特にファーストヴァイオリンが、エスプレッシーヴォで牽引
しなければ生き生きとした音楽にならないのに、
ただ機械的に、譜面を見ながら普通に弾いているだけの
感がしたのだ。

具体的に言うと、弓を3分の1に分けて考えた場合、
真ん中の3分の1のスペースだけを使って弾いている。
むろん、全ての部分ではないが、
終始そうであったかのような印象を受けた。

 「やる気、あるんですか?!」

と言いたくなるような様子と演奏。

指揮者に責任はある。もっと嗾(けしか)けなければ、
焚きつけなければダメだ。

ヴァイオリンに賛助(エキストラ)が半数いるのも問題だが
  (注3)、
賛助で来ている人の意識レベルが高ければ、関係なく問題無く、
やる気は見た目的にも見えて来ていたはずだから、賛助の人達も
ある程度はやむを得ない「馴染みない団に来ての遠慮」
だけでなく、積極性、主体性に相当問題があった、
と言わざるを得ないのだ。

基本的には、当然ながら前提としては、
エキストラに頼るのではなく、正団員を確保して充実していく
ことが、組織としての統一性、団としての個性、の
いずれにおいても重要なことなのだ、と言えるだろう。

 (注1)・・・このこと~こうした心理~をベースとして作られ公開
       された映画に「25年目の弦楽四重奏」がある。

 (注2)・・・逆に、最後列の奏者までの全員が「自分がコンマスだ」
       というくらいの自信と積極性を持って弾くことで最高の
       パフォーマンスを発揮しているのが、ベルリン・フィルだ。
       実際、ベルリン・フィルは最後列でもそのくらいのレベルの
       技術と意思をもっている群団であることが、
       世界最高峰たるゆえんだ。

 (注3)・・・最近なぜかそういうアマオケが増えている。
       この1年間でも、3つくらい、そういうオケを聴いた
        (プログラムの出演者欄でそれが判る)。

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