« スイス ルツェルンの東北全面協力に感謝    アバド氏とルツェルン祝祭管来日中止は残念 | トップページ | 小林沙羅さん 日本シリーズで「君が代」を斉唱  来春 日本コロムビアからCDデビューも決定 »

2013年10月19日 (土)

みなとみらい21交響楽団 第4回定期演奏会  春の祭典~ユニークなオケに心からの拍手を

ユニークなオーケストラだ。
マーラー没後100年の2011年5月18日を結成日として
いる。 選曲のコンセプトとして、アマチュア・オケでは
技術的に難しく、編成が大きいゆえ費用がかかることから、
なかなか演奏されない曲、とりわけ、
神奈川県のアマオケがほとんどやっていない曲をやろう、
という「企画先行型」として結成されたオケ。

確かに既存のアマチュア・オケだと~トップレベルの
オケは別として~1つのパートが「ムリ」と言えば、
なかなか候補曲としてさえ挙げられて来ないということはある。
それを最初からクリアして、というコンセプトが面白い。

ゆえに、メンバーのほとんどが他のオケと掛け持ちしている。
言い換えれば、このオケは、一応固定の(あるいはそれを
目指す)メンバーではあるが、
大曲難曲ありきというオケの性格的には都度臨時編成的な
要素も在るオケと言えるかもしれない。

そしてこれまで演奏してきた曲は、
第1回定演がマーラーの9番、
第2回がマーラーの1番、
第3回がマーラーの6番の交響曲なのだ。

1番はともかく、過去3回の演奏会で、いきなり9番をやり、
3回目に6番もやるというのは確かに一般的な
新設のアマチュア・オケでは考えられない内容、実践、実演だ。

さらにユニークなのは、これまでの3回および今回の指揮は、
プロ指揮者でも音大生でもなく、
早稲田大学交響楽団出身で、
現みなとみらい21響団員の児玉章裕氏。
指揮については後述する。

第4回定演の演目は

1.リャードフ  交響詩「バーバ・ヤガー
               ~ロシア民話に寄せる音画」

2.伊福部 昭  交響譚詩

 (休憩)

3.ストラビンスキー 「春の祭典」


 春の祭典

第一部の序奏の冒頭では、
ドイツ式バスーン=ファゴットではなく、
フランス式バスーン=バソンを使った。それもあり、
また他の木管、金管も含めて制度がいまひとつではあったが、
曲が進むにつれ、どんどんよくなり、その流れから
第二部に入ったゆえ、リズム的に難しい第二部も
実に見事な演奏となった。

特にとても印象的だったのは、そしてある意味では
今回の、あるいはこのオケを象徴しているとも言えるが、
大太鼓を叩いたキレイな女性奏者が、
 「別に難しくはないわ」、という感じで、普通に、
身構えることなく普通の表情で演奏していたことだ。
もちろん、正確な演奏だった。

先述のとおり、ユニークなのは、これまでの3回
および今回の指揮は、プロ指揮者でも音大生でもなく、
早稲田大学交響楽団出身で、
現みなとみらい21響団員の児玉章裕氏。

ぎこちない振り、というより、ごく普通の地味な、
かっこよくはない指揮だ。
前半の2曲はともかく、
<これで「ハルサイ」は大丈夫なのだろうか?>
と、やや危惧を覚えたが、
結果から言えば杞憂に終わったのだ。

指揮者がカッコつけて振る必要な無いこと、
ぎこちない指揮でも、オケのメンバー1人1人の技術、
勉強、練習、思い、情熱さえあれば、
どんな難しい曲でもできるのだ、ということを教えてくれた。

やる気と企画力があれば何でもできる、ということを
教えてくれた。

プログラムにあるとおり、
「やる気を結集し、情熱を音にして届ける」演奏だった。

アンコールで「展覧会の絵」の「バーバ・ヤーガの小屋」
 ~終曲「キエフの大門」を演奏したのは驚いた。
ハルサイの後でアンコールをやる余裕。
演奏も内的な充実したアンサンブルを感じさせる良い演奏。
ハルサイで大太鼓を叩いた女性奏者がティンパニに回り、
ハルサイで第1ティンパニを叩いた男性奏者が大太鼓に回った。


  おもてなしについて~余談

横浜みなとみらいホールに行ったのは3回目だったが、
座席の前後がとても狭い。
膝と前の席の背もたれの間が10センチも無いくらいだ。
私が知っているホールの中では~比較的新しいホールの
中では~たぶん一番狭い。
50年前にオープンした老舗の日生劇場といい勝負だ。
50年前は、まだそうした おもてなし意識など、
施工者側になくても時代的にしかたがないことだっただろうが、
それから何年経っているというのか。

よって、日生劇場同様、このホールでも、
通路に面した席ではない多くの人は、
ほとんど隙間もないような人の膝の前を申し訳なさそうに
入っていかねばならない。

設計ミスというより、「おもてなし精神の欠如」ということ
だろう。映画館にしてもコンサートホールにしても、
あるいは飛行機のエコノミークラスにしても、
こういう点で共通しているのは、
ゆったりとした席で客をくつろがすことより、
1人でも多く座わらせることで収益を多くするという
収益主義第一になっていることだ。

こうした座席環境、あるいはトイレ事情などを見れば、
そのホールなり施設なりが、客の「おもてなし」に
どれだけ心を注力しているか、いないか、ということは
すぐに見てとれる。

もちろん、新宿ピカデリーのような映画館では、
左右と前後がゆったりとしたソファーで、
傾斜(段差)も相当あるので、前に客がいても
全く問題なくスクリーンの全てが観えるという映画館もある。
 「おもてなし」の心が見える施設も
 ~まだ数は少ないが~あるにはある。

« スイス ルツェルンの東北全面協力に感謝    アバド氏とルツェルン祝祭管来日中止は残念 | トップページ | 小林沙羅さん 日本シリーズで「君が代」を斉唱  来春 日本コロムビアからCDデビューも決定 »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック