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2013年8月22日 (木)

藤 圭子さんを悼む

藤 圭子さんの訃報には驚いた。
若い人には宇多田ヒカルさんのお母さんなのだろうが、
私より歳上の世代には当然、藤 圭子さんだ。

中学生だった私からも、そのお人形さんのような完璧なまでに
整った美しい顔立ちに「なんてキレイな人なのだろう」と、
歳上のお姉さんに驚嘆した。
だから、1971年に前川清さんと結婚したときは、
前川さんは幸せ者だなあ、と思ったものだ。翌年離婚されたが。

とにかく、あの美しさゆえ、失礼ながら 宇多田ヒカルさんが
デビューしたとは、全く似ていないこともあり、
 「私たちの(時代の)藤 圭子さん」と宇多田ヒカルさんとの
 「つながり」は全くピンと来なかったものだ。
まったくもって失礼な話だが、それは実感だった。

あの美しい顔立ちと、ドスの効いた独特の暗い声が強烈で、
 「新宿の女」、
 特に「15、16、17と、私の人生 暗かった」という
 「圭子の夢は夜ひらく」のあの「ギャップ」は衝撃的だった。

盲目のお母さんを支え、10代で「流し」をするなど苦労した
少女時代を想像しながら、たぶん当時の全ての聴き手は、
彼女の歌を彼女の人生をも併せ聴いていたのだ。

五木寛之さんは、
「演歌でも、艶歌でもなく、
 ルサンチマン(負の心情)を歌った怨歌」と評したが、
当の藤 圭子さんはその表現は気に入ってはいなかったという。

また、後年、
「あのときの藤 圭子は、人からいただいた歌を、
 生活のために歌っていただけ」と、
クールに全否定的に自分を客観的に述べていた。

そして、当時の自分に周辺がしてくれたように、今度は
宇多田ヒカルさんを「うちの子は天才なんです」と
熱心に売り込もうとしていたという。

宇多田照實氏と離婚していたことは知らなかったし、
 「知人」に対しては余計な関心はまるで無いが、それでも、
なぜ「新宿の女」が新宿で転落死したのか
 (現時点では自殺と断定することは控えるべきだ)、
と不可解だし、何よりも残念だ。

  合掌。


追記;
27日、宇多田ヒカルさんがやっと母の元に来た。
うつむいた顔は痛々しく、また美しかった。
母親を亡くした若い娘さんの心情を思うとせつなく哀しい。

それにしても、自動車に乗り込もうとするヒカルさんに、
相変わらずTV局の女性芸能レポーターが大きな声で呼びかけて
いた。とても見苦しく、腹が立った。
事件の容疑者ならともかく、あの状況で、ヒカルさんに
大声で心境を問いかけるなんて人間のすることではない。
マスコミは猛省しなさい。

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