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2013年2月24日 (日)

映画 「遺体」 ~ 明日への十日間         釜石市の遺体安置所の状況を映画化

東日本大震災直後の、釜石市の遺体安置所の10日間を、
ほとんどドキュメンタリーと言えるほどの緊迫感と、
有名無名を問わず多くの俳優やスタッフによる入魂の演技で
撮られた映画。

こういういい方をすると反発を感じる方もいるかもしれないことを
承知で、敢えて言いたい。

 「多くの人に観て欲しい。いや、全ての日本人に観て欲しい、
  観るべきだ」と。

この映画を観ないことは、既に「自ら風化の中にいる」と
思ったほうがよいようにと思う。
キツイ言い分で申し訳ないが、敢えてそう言わせていただく。

幸い、私が観た新宿の映画館では、公開2日目ということも
あるにしてもほぼ満席で、若い男女も結構いて年齢層も
幅広い印象を受けたのでホッとした。
決して風化などしていない、と思った。

原作 石井光太「遺体 震災、津波の果てに」

主な出演者;西田敏行、(以下50音順)尾形直人、勝地 涼、
 國村 隼、酒井若菜、佐藤浩市、佐野史郎、沢村一樹、
 志田未来、筒井道隆、柳葉敏郎


    私が感じたこと、思ったこと

津波が去った後に、生き残った者による地獄のような悲しみの
 「仕事」が待っていた。
生存者と遺体の捜索、その後は、ご家族による確認、あるいは
医師による検死と特徴の記録と開示、歯科医による歯型による
身元の特定等。
そこには常にご遺族の悲しみに寄り添うことになる。

よくぞこういう映画を撮ってくれた、と思う。
これこそ映画人のみになせる業だろう。

そういう意味で、この映画を見て、あらためて映画界に
生きる人々を羨望し、嫉妬さえ感じたほどだ。


主演の西田敏行さんの演技が凄い。いや、劇化に賛同し、
意を決して出演された多くの有名俳優、まだ知られていない
俳優も含めた出演者全員の必死な思いが伝わり、
演技というより、本当にあのとき、その場にいたような
感慨を持って出演されているのが判る。

直前までいっしょに買い物をしていた中学生の娘さんを
亡くした母親役をやった女性の演技が観衆の涙を何度も誘う。

あるいは、母の顔が黒いからキレイにしてあげたいとして
西田敏行さんといっしょに簡易な化粧をするシーンを
演じた女性も印象的だ。

國村 隼さん演じる住職によるお経のシーンは、
人々が祈りを捧げることを気持を集合させて促す役割を
宗教家が負っていることをあらためて認識させてくれる
シーンでもある。

安置所にいてもまだ頻繁に起きる余震の恐怖。

ご遺体を次の段階に、と思っても、火葬場が停電や
故障で使えない日が続く苛立ち。


恐ろしい津波の映像をTV等で見るとき、
それに呑み込まれてしまうかもしれない人々を想像し、
しばらく後では、恐らく確実に多くの人がそうなってしまったで
あろうことを「想像」する。
しかし、それはあくまでも現地に現場にいない者の「想像」の
範囲のことだ。

また、「死亡および行方不明~名」、あるいは、
「死者~名、行方不明~名」、と報道されて、呆然とし、
驚愕するが、そしてそれは「数値」では決してないこと、
生身の、私たち同朋の、同国人に襲いかかった巨大な災い、
悲劇であることを現場にいなくても誰もが
 「ある程度は感じることはできる」のだが、

その一方で私たちは~マスコミも率先して~
直接的な悲しみと悲劇そのものであるはずの
 「遺体については、見ることを避けることをしてしまう」
そのように人間は無意識的にしてしまおうとするのだ。

そうすることで、意識しようとしまいと、かろうじて感情の
バランスをとっているのかもしれないし、
「見ないことが死者=痛ましい犠牲者に対する礼儀である」
とも思っているのかもしれない。
それはあるいは日本人の礼節や思いやりの情感かもしれない。
だからもちろんそのこと自体は、マスコミも含めて
本当は何人も責められないものかもしれない。

けれど、やはり、
<「無残な死体、いや、悲しすぎるご遺体」を見ないことには、
「本当に現地で起きたこと」は理解できないのではないか?>
と、1人1人が自らに問うてみてもよいのではないか?


当時はあまりにもキツ過ぎても、もう2年も経とうとしている
のだから、あらためて
 「ご遺体から、その無言の悔しさ、恐ろしさ、寂しさ」
を感じ取ること、
 「ご遺体に意を決して向き合うことこそ、同朋として
  同国人として重要なことではないか?」

この映画は、あらためて、そして否応もなく、国民にそのことに
気付かせる、考えさせるのだ。

西田敏行さんが劇中セリフとして言う
 「あの方々は「死体」ではないですよ。「ご遺体」ですよ」
という言葉はとてつもなく重たい真実だ。


被災地ではなかった私を含む多くの日本人は、こうした状況は
想像はしても、当然ながらその場にいなければ現場の
苛酷さは、ほとんど知ることはできなかった。

しかし、この映画は、敢えてそのような私たち、
 「被災地ではない、現場にいなかった私たち」を、
否が応でも現場に立ち会わせる。

たとえ、見たくなくとも、目をそむけたく思っても、
誠実な映画製作者側にその場で首根っこを掴まれて
 「ほら、見ろよ。これが現場だ。ご遺体だ。
  悲惨な大震災の真実だ」、と
臨場体験を強いられることになる。

でもそれは、
 「観よう」と決心決断したときから、予想し覚悟したこと」
でもあるだろう。 そうでなければ、
とてもこの映画を観ようと映画館に行くことはできないだろう。


当時、「現場」にいなかった全ての日本人は、せめてこの映画
によって、仮の臨場体験をしても良いのではないだろうか?


観るのはもちろんあまりにも苦しく悲しい。けれど、
当時の現地の人々は、スクリーンの中、向う側ではなく、
あの場に本当にいらっしゃったのだ。

だから、そうでない私達は「せめてそのくらいすること」を
してみよう。
そうすることで、そのように気持ちをあらためて被災地、
被災者の皆さんに寄せることこそ、非力かもしれないが、
あらためての供養と、今もなお厳しい状況にいらっしゃる
被災者を想うことになるかと思う。


音楽を担当した村松崇継 氏の、ほとんど「音楽を使わず」、
終わり近くのみに静かで安らかな音楽を置いたことを
賞賛したい。


プログラムには制作者、監督、主な俳優の皆さんのコメントも
掲載されているので、その中から何人かのものを以下、
転用紹介したい。


   製作 亀山千広さん

フジテレビを含めた報道機関は、あの日、東北地方を襲った
未曾有の大災害で次々と発生する未経験の事態を日々
取材をし、報道してきました。
しかし、最前線のカメラでも伝えきれない被災者の姿が
あったことも事実です。

震災被災者の方々、ご遺族のお気持ちを思えば、
映画化についてはためらいもありましたが、
ずっと取材していた報道スタッフに言われた
 「遺体安置所での出来事については残念ながら
  僕らが伝えきれなかったことです」という言葉で
この作品を作る決意をしました。
作品が出来上がった今、テレビ局だからこそ
作らなければいけない作品だと確信しています。


   脚本・監督 君塚良一さん

原作を読んで、僕が東京で仕事に追われているときに、
遺体安置所でこのように過ごしていた人がいたと知り、
ショックを受けました。これはなんとしてでも人々に
伝えなければならない、と思いました。
賛同してくれたプロデューサーと被災地に行き、
原作のモデルになった人々やご遺族にお会いし、
 「やめてほしい」とは言われませんでした。
しかし、もしかしたら、僕のやっていることは被災者の方々、
ご遺族の方々の傷口をこじ開けているに過ぎないかも
しれないという気持ちは常にありました。
しかし、僕は「もし批判されてもこの作品を撮らねば
ならない」と全責任を負う覚悟で作りました。
とにかくいろいろな方に見ていただきたい。
映画は劇映画とはいえ、
記録を残すことの重要性もあります。

初めて遺体安置所のセットを見た時は立ちすくみました。
美術スタッフも作っていて相当に辛さを感じたと聞いて
います。

俳優さんには、セリフが言えなかったら言わなくても
いいし、泣きたかったら泣いてもいい、逆に
泣かなくてもいい。叫んでもいい。
もし、その場から逃げ出したいと思えば逃げてもいい
と伝え、かなり自由に演技してもらいました。
ただ、ウソの反応だけはしないでほしい、と、
ただそれだけをお願いして撮影していきました。


    西田敏行さん

ご遺族の方々の心情を考えると、劇化するのが
正しいかどうか判断には非常に迷いました。しかし、
劇化することで事実とは違う真実が引き出せるのでは
ないかと思い、出演を決意しました。
これは突出した一人の物語ではなく、全員の物語です。
  (後略)


    佐藤浩市さん

悲しいことに人間は忘れるという事で進化をする側面を
持っています。しかし、決して忘れてはいけない事、
風化させてはいけないものがあります。
天災によって失われた命と、いつもそこにあった街の風景。
この映画はその祈りを込めて創られた作品と信じ、
現場に立たせていただきました。


    沢村一樹さん

登場人物の多くは今もなお戦い続けています。
この映画を観ることで、エールを送って欲しいです。


    酒井若菜さん

どうぞ「人間は無力だ」などと嘆かないでください。
自然に太刀打ちできるのは人間だけです。
人を救えるのは人間だけです。


    佐野史郎さん

撮影に入るにあたり、君塚監督からこの作品を世に
送り出す覚悟を問われた。僕は答えた。
 この映画は、犠牲になられた方々へのご供養と
 なるよう捧げられるべき作品であると。(後略)


    筒井道隆さん

日本人として絶対に風化させてはいけない事だと思い、
この映画に参加させていただきました。
世界中の方に観ていただきたいです。
そして、大人として、安心して住める地球を子供たちに
渡したいと思います。


なお、プログラムにはこの他、原作のモデルになった方々
 (今回 俳優が演じた実在者)や、
釜石市民がこの映画を観てのコメントが寄せられている。

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