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2011年10月 5日 (水)

山本義隆 著 「福島の原発事故をめって」

本題に入る前に、山本義隆氏については以前も書いたが、
もう一度少し書いておきたい。
私はいわゆる「全共闘世代」からはちょうど「ひと回り下の世代」だ。
「全共闘世代」というように、「あの世代」という論調に
「十把一絡(じゅっぱひとからげ)」にしては失礼ではあるが、
 「あの世代」には嫌悪と軽蔑と同時に少しの共感と
  大いなる憧憬(憧れ)を抱くといういわばアンビバランツな、
  矛盾する心象を持っている」

少なくとも非常に関心は持って来てはいた。
非常に奇妙な例えをするなら、全共闘闘争の写真を見るときに
感じる興奮は、少年期や青年期に女性のヌード写真を見るときの
ようなドギマギ感に似た感情を抱いたりしたものだ。

とりわけそれが、東大全共闘のリーダーともなれば、
そして歴代のそれが、例えば今や裁判官から政治家それも
法務大臣や参議院議長にも就いた江田五月さんのような
東大法文系の中でも首席卒業というような秀才の誉れ高かった人
や、このブログタイトルの本の著者 山本義隆さん
 ~大学紛争がなければ、「普通の」学究生活の中で進んで
  行けば、東大物理学科の学生時代からとりわけ秀才を謳われ、
  「将来のノーベル賞候補級の天才」とまで言われ、
  湯川博士にも信任厚い人物だった~
と言えば、その関心度は尚更高い。

京大の大学院で湯川秀樹博士に師事していたとき、学生紛争が
拡大し、山本氏が「東大に戻って学生運動に加わります」と
湯川博士に「決別宣言」をしたとき、博士は大きく落胆したという。

「逮捕」後、予備校教師を主な仕事とし、級友の葬儀等、
特別な状況でもない限りは、インタビューも含めてほとんどマスコミを
避けてきた人だが、教師以外に科学史等の独自の研究を進めて
きており、多くの著述に中でも、
 2003年に刊行された「磁力と重力の発見」全3巻(みすず書房)、
 2007年刊行の「十六世紀文化革命」全2巻(みすず書房)は
とりわけ高い評価を得ているのは多くの人の知るところである。

そうした物理学の秀才が、福島の事例について反原発の本を書く、
となれば、相当意気込んだ、専門知識のオンパレードを披露して
書いたのではないか、すなわち、対象が物理学を基とするとも
いえる装置における事故であること、戦後の自由民主党が
進めてきた多くの誤った判断に基づく事故であることから、
若き時代のエネルギーを復活させての「相当な意気込みで
書いたのではないか?、と私を含めて想像したと事前に
想像できないこともない。

しかし、というか、ところが、と言うべきか、
副題として「いくつか考えたこと」とし、また、「あとがき」で、
 「みすず書房から原発事故に関して何か書いて欲しいと依頼
  されたが時間がかかってしまい、連載にでもしてもらえるかと
  思っておそるおそる渡したのですが、いっそのこと単行本に
  しましょうと言われました。
  そんなつもりは毛頭なかったので少々面食らったのですが、
  有難くお受けすることとしました。
  こうして出来上がったのがこの本です。
  原子力(核力エネルギー)技術の専門家でもなく、
  特別にユニークなことが書かれているわけではありませんが、
  物理教育のはしくれにかかわり科学史に首を突っ込んで
  きた私が、それなりにこれまで考えてきた、そしてあらためて
  考えた原子力発電に反対する理由です」

と述べているように、私を含めて先述のような「熱い記述」を想像
した人には、良い意味で拍子ぬけするくらい冷静で謙虚で事象を
分析し、問題点を指摘していることにまず驚く。
その姿勢は本当に意外なほど謙虚である。

しかしもちろん堂々と意見をビシリと述べていることは言うまでも
ない。
とくに後述の第2の章「技術と労働の面から見て」における論述は
「流石(さすが)」の感を抱く。氏の面目躍如たる論述が出てくる。

さて、前置きが長くなったが、本は3つの章に一応分かれている
ので、それごとに要旨を紹介したい。


  1.日本における原発開発の深層底流

まず、山本氏は「なぜ原発が登場したのか」という政治的背景を
記す。アイゼンハワー大統領の政治的狙い。
冷戦下での核開発競争とともに、産業増強としての
「アトムズ・フォア・ピース」いわゆる「原子力の平和利用」。

日本においては、
 「原子力発電の真の狙いは、エネルギー需要に対処すると
  いうよりは、むしろ日本が核技術を有すること自体、
  すなわちその気になれば核兵器を作りだしうるという意味に
  おいて核兵器の潜在的保有国に日本をすることに置かれていた」

 「端的に(言って)日本における原子力開発、原子炉建設は、
  戦後のパワー・ポリティックスから生まれたのであった。
  (当時の)岸(総理)にとって「平和利用」のお題目は
  鎧(よろい)の上に羽織った衣であった」

 「原子力発電は私企業としての電力会社による自発的な選択
  としてではなく、政権党の有力政治家とエリート官僚の強い
  イニシアティブにより進められていった」

と、日本における原発開発が、極めて政治的な要素を強く内包して
いたことをまず指摘する。そして、また、

 「日本の多くの科学者が戦争への「反省」として語ったのは、
  米国との「科学戦」に敗北した自分たちの力不足だった」

と、科学者たちのある種の軽薄さ、学者バカ~という表現は
使ってはいないが~という面に対しても、
皮肉と批判をすることを忘れていない。

そしてそうした呑気さが、政治家と官僚の思惑と絡んで
核エネルギーへの実用化に向かっていったことを見事に論述
している。

すなわち、1982年にはじまる中曽根内閣のもとでレーガンと
交わされた新日米原子力協定により、プルトニウム規制が
大幅に緩められ、以降、使用済み核燃料から核分裂物質を抽出
して再利用する核燃料サイクルの形成に向けて、
核燃料再処理施設、高速増殖炉、ウラン濃縮施設の建設に
ゴーサインが与えられ、プルトニウム大量保有の道が開かれた
ことを記す。

 「既に日本は核兵器1250発分に相当する10トンの
  プルトニウムを保有している」

 「潜在的核兵器保有国の状態を維持し続け、将来的な
  核兵器保有の可能性の開けておくことが、戦後の日本の
  支配層に連綿と引き継がれた原子力産業育成の究極の目的
  であり、原子力発電推進の深層底流であった」

 「脱原発・反原発は同時に脱原爆、反原爆でなければならない、
  とも言える」、とまとめている。


   2.技術と労働の面から見て

先述のとおり、この章の記述こそ見事だ。

 「1938年の「中性子を照射されたウランの核分裂の発見」は
  アカデミズム内部のできごと。
  ナチスによる兵器転化を恐れて先んじたマンハッタン計画
  による原子爆弾製造も、戦後の「平和利用」も、
  実際は性急になされたゆえ未熟で欠陥を有した開発技術
  だった」

 「科学的理論と実用の間の溝は大きい。
  公害や原発開発に伴う事故が生じる過程で、
  災害や問題点を小さく見せ、否定するという習慣が形成
  されていった。
  当初から危険性や欠陥より有用性や企業としての将来性が
  重視され、問題は放置された」


そして、ここからが物理学者としての真骨頂の部分となる。

 「核分裂では必ず大量の破片が生み出され、もとの燃料と
  ほぼ同質料の核分裂生成物がほかでもない「死の灰」である。
  その量は現在の原発の平均出力である百万キロワットを
  原発一基を1年間稼働させたとして、広島型原爆の
  「死の灰」の千倍に達する。
  原発ではそれら核分裂生成物は燃料棒の中で止められ、
  そのときその大きな運動エネルギーが熱に変わる。
  しかしその核分裂生成物の大半はそれ自身が不安定で、
  最終的に安定な原子核に落ち着くまで何年もかけて
  人体に有毒な放射線(α線やβ線やγ(ガンマ)線)を
  放出し続ける。中性子自身も放出される。
 
  その他、中性子を吸収したウラン238は自然界には
  存在していなかった猛毒性のプルトニウム239に変わる。
  これらは燃料棒の中に蓄積されている。
  ウラン自体も不安定で、安定した鉛になるまで極めて
  ゆっくりではあるが放射線を放出して崩壊し続ける。
  なお、原子炉の燃焼効率を考慮し、燃料はウラン235が
  約3割残っている段階で取り替えられる。
  それゆえ使用済み核燃料は多くのウランとプルトニウム、
  そしてその他の核分裂生成物を含んで高熱を発し続ける
  だけではなく、極めて危険であり、隔離した状態で
  冷却し続けなければならない」

  (中略)

 「戦後の公害問題の際、発生した有害物質は、
  回収は不可能であるが(事前なら)廃液や排気をろ過し、
  工場の外に出さないことは可能であり、有害物質も
  多くの場合、技術的に無害化あるいは保管しておくことは可能
  である。
  というのも、それらの有毒性は分子の性質(原子の総合の性質)
  であり、原理的には化学的処理で人工的に転換可能だから
  である。

  これに対して、原発の放射性廃棄物が有毒な放射線を放出する
  という性質は、原子核の性質~核力による陽子と中性子の
  結合のもたらす性質であり、
  それは化学的処理で変えることはできない。
  すなわち、放射性物質を無害化することも、
  その寿命を短縮させることも事実上不可能である」

(中略~その理由も述べられているが専門的内容なので省く)


 「ともあれ、核分裂生成物(死の灰)を含む使用済み核燃料は
  隔離状態で保管され冷却され(当然ここで多くの電力を必要
  とする)、再処理という残存するウラン235や、
  発生したプルトニウム239を抽出してから永久保存用に処理
  される。こうして作られたものが「高レベル放射性廃棄物」
  であるが、それの保管方法はいまだに発見されていない」

 「原発がエコというのはむろんウソで、(製造の)全過程で
  多くのエネルギー、したがって多くの石油を必要とする」


 「原発はそれ自体が放射能と熱の二大汚染源であり、
  たとえ事故を起こさなくとも、非人道的な存在である」

 「原発を維持するだけでも莫大なコストと資源エネルギーが
  必要とされ、将来の日本人の負担として存在し続ける」


 「原子力発電は、日常的に地球環境を汚染し、危険で扱いの
  厄介な廃棄物だけを生み出し続け、その影響を受益者の
  世代から見て、何世代、いや何十世代も先の人類に
  負の遺産として押しつけているのである」

見事としか言いようのない分析、解説だ。


   3.科学技術幻想とその破綻

最後の章では、まず科学史観から記述していき、
「近代科学は、おのれの力を過信するとともに、自然に対する
 畏怖の念を忘れていった」と述べる。

そして日本のこんにちに至る状況についてこう記す。

 「福島県の前知事、佐藤栄佐久氏は、原発推進に反対の
  表明をし、国の政策に抵抗すると、
  東京地検特捜部により汚職事件をでっちあげられて
  政治生命を断たれた」

 「多額の「交付金」により地方議会、地方自治体を原発に
  反対できないような状況をつくりだし、
  (競争がない企業だから本来、広告宣伝費すら不要なのに)
  一般企業では考えられないような潤沢な宣伝費用を投入
  することでマスコミを抱き込み、
  「寄付講座」ということでボス教授が支配する大学研究室を
  丸ごと買収し、地元や、マスコミや学界から批判者を排除
  していったという翼賛体制化は、
  <原発ファシズム>というべき様相を呈している」


 「廃棄物を数万年にわたって管理するということは、
  どう考えても人間の処理能力を超えている」

 「私たちは、古来、人類が有していた自然に対する畏れの感覚を
  もう一度とり戻すべきであろう。
  自然にはまず起こり得るはずのない核分裂の連鎖反応を
  人為的に出現させ、自然界にほとんど存在しなかった
  プルトニウムのような毒性物質を作り出すようなことは、
  人間のキャパシティを超え、許されるべくではないことを
  思い知るべきである」


 「地球の大気と海洋そして大地を放射性物質で汚染し、
  何世代・何十世代も後の日本人に、いや、人類に、
  何万年も毒性を失わない大量の廃棄物、
  人の近づくことのできない廃炉跡、
  半径何キロ圏にもわたって人間の生活を拒むことになる
  事故跡地などを 残す権利 など、我々には無い。
  そのようなものを後世に押しつけるというのは
  「子孫に対する犯罪」である」

 「わが国は、大気中に放射性物質を大量に放出した国
  になってしまった。こうなった以上は、
  事故の経過と責任を包み隠さず明らかにし、
  率先して、脱原発社会、脱原爆社会を宣言し、
  そのモデルを世界に示すべきである」


以上、見事で、素晴らしい記述、論考、主張である。
内容的にはややアカデミックな記述は多々あるにしても、
ヒューマンな見地を基盤とした見事な著書であり、
大いに推薦したい。

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