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2011年9月30日 (金)

「電力は誰のものか?」 基本論 その3

9月7日の東京新聞に、作家の井形慶子さんが
  「電力は誰のもの」と題して書いている。
まず、このタイトルに「ハッ」とさせられる。
ハッとしないようではダメだ。

電力は「電力会社様から<ありがたく>いただいているもの?」

とんでもない。
基本的な点で全く間違っている。

なるほど確かに実際問題として、すなわち、現実の産業構造的、
物理的、供給ノウハウ的には「そのとおり」だ。しかし、では、

 「そもそも電力という資源自体を 電力会社が<発明して>
  我々に届けてくれているのか?」、

といえば「完全にNo」である。

井形氏は英国に関係した実業家でもあるので、毎回のエッセイは
単なる文学的な想像の域の内容とは一線を画していて、
極めて現実的で合理的な見解が述べられている。

この回では、
 「電力会社から計画作停電をチラつかされ、節電を強いられた夏。
  そんな中、電機は発電と送電を分けて自由化すれば、
  計画停電は起こり得ないと誰もが知ってしまった」

と書き、その後、イギリスではガスに続き、
1990年に電力市場を自由化したため、
今は80社近い電力供給会社が「サービスを競って」
顧客獲得の仕事をしていることを紹介している。

ところが、日本は事実上の独占体制。そして彼女は書く。

 「そもそもエネルギーを独占していいものか?」

 「電力は利権ではない。水と同じく国民の資産である」

なるほど、「目から鱗(うろこ)」である。

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