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2011年7月23日 (土)

喜歌劇 「こうもり」 兵庫県立芸術文化センター 可憐な小林沙羅さん 貫禄の佐々木典子さん ウィーン的享楽と関西風エンタ性の愉快なコラボ

ワルツ王 ヨハン・シュトラウス作曲の喜歌劇「こうもり」を
兵庫県西宮北口駅を最寄とする兵庫県立芸術文化センター
KOBELCO大ホールで聴いた。

とても面白かった。
詳細は後述するが、演出(特に後半)が練りに練っていて、
長いといえば長いし、人によっては「吉本すぎる」とか
「宝塚意識し過ぎ」と言う人もいるかもしれないが、
ウィーンの享楽と関西のエンタ性がコラボするとこういう愉快な
作品として出現するのだという意外性に富んだ面白さがあったし、
何よりも歌手の皆さんがそれぞれの持ち味を十分発揮していたし、
合唱もバレエも素敵だった。

「佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2011」という副題のもと、
 1週間に及ぶ今回のキャストはもちろんダブルキャスト。
この佐渡さんプロデュースシリーズは毎年人気が絶大とのことで、
今回のダブルキャスト=8公演は全て早々にソウルドアウトに
なったようだ。

なお、言語はオリジナルのドイツ語ではなく日本語によるもの。
「では、歌手の皆さんにとって「楽」になったか?」と言えば
必ずしもそうではないだろうと拝察する。
翻訳とメロディとの融合や違和感の無さがどのくらいのレベル
にまで至っているかにもよるだろうけれど、
たぶん出演者の多くはこれまでオリジナルのドイツ語で
この喜歌劇を勉強してきた人たちだろうから、かえって
歌い難かった歌手もいたに違いない。
具体的な点は後述する。

また、そのように聴く側に歌の中の日本語ゆえ解り難いことが
予想される点が配慮された結果だろうが、外国語上演時と
同じように舞台両サイドに字幕スーパーのよる「翻訳」が設定
されていた。

まず、以下のとおり出演者を記す。

指揮=佐渡 裕

演出=広渡 勲

舞台装置=サイモン・ホルズワース

管弦楽団=兵庫芸術文化センター管弦楽団

合唱=ひょうごプロデュースオペラ合唱団

バレエ=ひょうごプロデュースオペラ・ダンスアンサンブル

         ソリスト(敬称略)

 16(土) 18(月・祝)        17(日) 19(火)
 21(水) 23(土)          22(金) 24(日)

ロザリンデ    塩田美奈子       佐々木典子

アイゼンシュタイン 黒田 博        小森輝彦

アデーレ       森 麻季        小林沙羅

オルロフスキー侯爵  ヨッヘン・コヴァルスキー (全日)

アルフレード     井ノ上了吏      小貫岩夫

ファルケ博士    久保和範       大山大輔

フランク        泉 良平         片桐直樹

イーダ           剣 幸 (全日)

フロッシュ         桂ざこば (全日)


私が鑑賞したのは22日。
もう1組も観たいのはやまやまだったが、日程等で諦め、
とにかく小林沙羅さんが歌うアデーレが楽しみででかけた。

このホールはもちろん初めて。というより、阪神淡路大震災後、
神戸や兵庫県内に降りたのは初めてだ。
学生時代に甲南大学の合唱団との合同ステージで神戸に行って
以来だから、もう30年も前のこと。
もっとも神戸市内をよく見る時間はなく、三宮周辺を少し散策
した程度でホールに向かった。

【ホール】
大ホールはシックな内装で、比較的こじんまりとしており、
欧州のハデな内装とはもちろん違うし、新国立劇場の客席空間を
もっと小さくしたと想像するとそれに似てなくもないが、
新国立よりはもっとアットホームな感じのする造りだ。
それとトイレが各階にゆったり万全を期して確保されており、
聴衆のことをちゃんと考えて作られている感じが伝わり
とても好感を覚える。
東京周辺のホールはここ10年以内に造られたものは
さすがにトイレに配慮しているが、それ以前のものは
サントリーホールも含めて「なんだかなあ」という感じで、
別モノといわんばかりに粗末に扱われているように思える。
しかし、とんでもない。
良いホールは数および空間等の雰囲気の良いトイレを備えて
然るべしである。その点、このホールは配慮がなされている。

【オーケストラ】
さて、先述のとおり、私が観たのは22日の公演。
オケはオーディションによって国内外を問わず各地から
オーディションで選出したプロ奏者によるオケで、
もちろん初めて聴いた。
今回はウィーン国立歌劇場等からも数名のゲスト奏者も
含まれている。


【上演スタート】
佐渡さんが登場し、しばしば単独でも演奏される有名な序曲が
始まる。もちろんオケはステージと客席との間の下段を
掘り下げた空間のオケピットでの演奏。
そこから立ち上がる楽器の響、ホールの響だが、
木管や金管は個々の音も明瞭に響いて来るものの、
弦はとりたてて優れて浮かび上がるということはない。
割と平凡な響。もちろん悪くはなく、鑑賞するに十分な響だ。

佐渡さんの指揮によるオケの演奏は序曲に限らず、
総じて丁寧になされていて、オペラということもあるにしても
特別大きく「ミエをきる」とか、大きなテンポの揺れによる
起伏で煽(あを)るという場面はほとんどなかった。
このオペレッタでそれだけオーソドックスにやるのが
良いかどうはかよく判らない。

ステージが開く前の幕にはドイツ語で「DIE FLEDERMAUS」と
表示され、出演者の名前が写し流されるという映画館の画面
のような雰囲気を出していたのはなかなか面白かった。


1【今回の大きな特徴の1つはまず全体の構成】

(1)舞台進行の区切り
 「喜歌劇」いわゆるオペレッタはオペラよりも小ぶりで軽いという
 コンセプトによるものをオッフェンバックが命名したとされ、
 こうした「大衆化」が後のミュージカルにつながる。
 それでもこの作品は比較的長い三幕ものとして書かれている
 のだが、今回の演出では三幕制は採らず、休憩は1回のみ
 として第2幕の有名な「ブドウの火の奔流の中に」いわゆる
 「シャンパンの歌」で第一部を終え、その後すなわち
 第2幕の後半から第3幕を第二部として、
 第一部と第二部の二部制として構成、演出されていた。

(2)挿入曲の意外性と数の多さ
 ①一般的には第2幕の終わり近くに挿入されることの多いポルカ
  「雷鳴と稲妻」は、今回、第一部の中間に早々に置かれ、
  これが終わってから、後述のとおり、フロッシュ役の
  桂ざこばさんが初登場するという流れ。

 ②そして最も顕著だったのは第二部で、「皇帝円舞曲」を
  バレエ付きで演奏したほか、ざこばさんが酩酊状態で登場して
  去った後、「ピッチカート・ポルカ」と「トリッチ・トラッチ・ポルカ」
  が演奏され、前者ではフロッシュの夢見る心理状態を、
  後者では状況のせわしなさを表すという意図で演奏された。

 ③そして更に最後の最後にサプライズのグランド・フィナーレとして
  「アッと驚く挿入曲が続く」のだが、これは後述したい。


2【もう1つは、広渡 勲 氏によるユニークな演出】
 (1)もちろん、今述べた構成と挿入曲も演出の広渡勲氏による案
  に違いないが、その他についても重要な次の点があった。
  まず物理的な点だが、オケピットと客席の間に、
  花道(渡り廊下、回廊)のような横断する細い特設通路
  =エプロンステージが設けられたのだが、これは
  宝塚歌劇の伝統装置である「銀橋(ぎんきょう)」とのことで、
  ここでヅカガールが観客にアピールするように、この日も
  後述のざこば師匠や歌手たちが何度かそこで歌い、
  最前列の聴衆を喜ばせたのだった。

 (2)桂ざこばさんによる語り部的(切り回し的)役割
  先述の(1)以上に重要で大きな特徴、すなわち、演出上、
  最もユニークだったのは、これぞ「関西だなあ」と思うのだが、
  酒好きの刑務所看守フロッシュ役に、なんと桂ざこばさんが
  キャスティングされ、しかも本来の役どころ以上に(逸脱して)
  活躍する内容となっており、幕間をつなぐ切りまわし役として
  ユーモラスに仕切っていたことだ。
  (1)の「銀橋」でのユニークで笑いを誘う独り言や聴衆あるいは
  佐渡さんに話しかけるという「仕掛け漫談(?)」のような
  セリフと演技は予想外だし、相当驚くが、面白かったのは
  事実だ。

  ①「雷鳴と稲妻」演奏後の、最初のざこばさん登場
   (たしか「私は、カール・ザコーヴァです」と言った)のときは、
   幕が下り本来の第2幕の宴会の舞台設定のためのつなぎを
   兼ねていたのだが(今回は先述のとおり、休憩に入らず
   第一部の中での舞台転換となるゆえ)、アデーレの姉の
   イーダ役の元タカラジェンヌ男役トップスター 剣 幸さんも
   いっしょにおもしろ夫婦のような感じで登場したが、これは、
   初演されたアン・デア・ウィーン劇場の支配人とその妻という
   設定で登場し、
   「不況ゆえ、ロシア人貴族のオルロフスキーから、「こうもり」を
    上演することを受け入れた」という説明をしたのだった。

   セリフで面白かったものの1つは、
  「盛り上げたといえば、なでしこジャパンは本当にようやったなあ」
   とざこばさんが言い、「そうよねえ」と剣さんが応答するなどして
   観客の拍手と爆笑と得るなどのシーンがあったりしたことだが、
   そういえば、澤選手ら代表メンバー中7人が所属するチーム
   「INAC神戸レオネッサ」は文字通り地元だから、
   ざこばさんのアドリブ的セリフにお客さんが喜ぶのは当然
   である。

  ②2回目の登場は第一部の終わりで、ここでも
   「ロビーでシャンパン売ってますからどうぞ」などの面白いトーク
   により巧みな間合いを行い、
   「では25分間の休憩とします。今はトイレはガラガラですが、
    じき一杯になると思います」
   と会場を爆笑させてから休憩に入った。

  ③ざこばさんは第二部では後述のとおりバレエに入る前に
   酩酊状態としての刑務所看守フロッシュとして登場し、
   「銀橋」の通路では佐渡さんに、
   「世界の佐渡や、ギャラ上がったろ?」などと語りかけ、
   聴衆を爆笑させていた。

  ④そしてもちろんそれに続いて、ステージで本来の
   フロッシュ役として特に上司であるところの刑務所所長
   フランクとの間でちゃんとした(でも可笑しな)セリフの
   やりとりがあった。
   なお、この中の1つのシーンで、アルフレードとフロッシュが
   出てくるとき、アルフレードが「千の風になって」を口づさみ
   ながら出てきたのは 「極めて 吉本的」ではあったが、
   面白かった。

  ⑤そして最後の最後にもう一度「仕切り役としての仕事」が
   あったが、それについては後述する。

なお、この(1)の「銀橋」と(2)の「ざこば師匠による切り回し」は
2008年に同じく広渡氏の演出で上演された「メリー・ウィドウ」の
先例があったとのことだから、そういう意味では
「名コンビの再登場」ということだ。


【歌手について】

1.小林沙羅さん=アデーレ役

小林沙羅さんのアデーレを見、聴いていると、この役は
「彼女以外にない」とまで思えてくるほど魅力的だった。
子供っぽさと幾分のズルさを巧みに表情豊かに表現していたし、
最初から「喜劇」としてのドラマということに徹しての役作りで
説得力があった。なんと可憐でチャーミングな姿だろうか、と思う。

もう1つの組とはたぶん雰囲気はだいぶ違っていたのではないか?
と想像できるが、少なくともこの組はこの喜歌劇のもつ
「おどけた、冗談のような」雰囲気を皆さんがピタリと適役として
決めていた。
森麻季さんの組も観たかったが、
でも麻季さんはアデーレというより、むしろロザリンデだと
私には想えるから、沙羅さんの配役は正解だったと思う。

なお、彼女がドイツ語で歌う「公爵様、貴方に教えましょう」
 (公爵様、あなたのような御方は)は、実は
ユーチューブで観ることができる。
何年か前に「題名の無い音楽会」で放送されたものだと思う。
 http://www.youtube.com/watch?v=mu94YVo3jbI

それにしても、今回の小林沙羅さんの活躍は
「関西の聴衆に衝撃的なデビューとして記憶される」
のではないかと思う。
これまでも関西以西(中国地方等)のホールで歌う機会は
あったと思うが、この公演によって、関西地域において
小林沙羅ファンが増大したことは間違いないだろう。

今年2月の金沢での「椿姫」では森麻季さんのアンダー・スタディ
として身近に接して勉強していた沙羅さんだが、
その麻季さんとのダブルキャストを射止め、
ロザリンデとして共演した相手は更に大先輩の佐々木典子さん
なのだ。
佐々木典子さんとの同じ舞台、ダブルキャストの相手は森麻季さん
という状況は、この若い歌手がいかに優れ、
多くの指揮者や声楽関係者、劇場関係者等から注目され
信頼されているかの証明に他ならない。


2.貫禄の佐々木典子さんによるロザリンデ

ロザリンデのアリアは第1幕にしても第2幕にしても、
メゾ・ソプラノの曲ではないかと思うくらい、ソプラノ歌手
にしては低音域に相当比重のある旋律の歌なので、
佐々木さんの高音域での素晴らしい声は知っていても、
これだけの低音を拝聴するのはほとんど初めてだったが、
とても魅力的だった。

ただ、実は今回の「こうもり」のことを既にウェブで感想を
書いている人もきっといるだろうと思い、確認してみたら、
7人の人の感想が読めたのだが、その中の数人が
 「佐々木さんの日本語が、歌もセリフも判り難かった」
と書いている。
冒頭に、
「日本語の上演といっても、では日本の歌手は楽になったか?
  と言えば、必ずしもそうではないだろう」と書いたが、
少なくとも、長くウィーン国立歌劇場の専属歌手であった彼女の
場合は特に、オリジナルのドイツ語での上演のほうが
数倍楽だったに違いない。この点は同情の余地がある。

そうではあっても、その数人の中の1人は、
「それでも彼女の声の美しさはとても魅力的だった」
と書いているように、その存在感の素晴らしさを如何なく
示したのだった。


3.小森輝彦さんのアイゼンシュタイン
外見的には温和で真面目そうな小森さんだが、
セリフと演技の面白さで聴衆を魅了した。
例えば、目の前にいる仮装した女性が、妻ロザリンデとは気付かず
妻の悪口を言うシーンではアドリブもあったのか、
 (中年太りで阪神が負けたら機嫌が悪い、等々)、
ロザリンデ役の佐々木さんが「そこまで言うか」という感じで
 「本気で苦笑していた」のがとても面白かった。


4.小貫岩夫さんのアルフレード
アルフレード役の小貫さんも、陽気で
おバカなイタリアかぶれっぽい感じの演技がとても愉快だった。


5.コヴァルスキーさんのオルロフスキー侯爵
オルロフスキー侯爵はメゾ・ソプラノが演じることが一般的な役
だが、ウィーンからベテランにしてカウンター・テナーの
ヨッヘン・コヴァルスキー氏が来日した。
カンターテナーの例はカルロス・クラーバー指揮による
1975年の録音盤でイヴァン・レブロフが歌った例があるものの、
実質的に彼がこの役でカウンター・テナーによる活躍という
位置づけを確立したようだ。

セリフでは「駆けつけ三杯」などの面白い日本語も少しあったが、
歌は(他の歌手とは違って例外的に)もちろんドイツ語で歌ったのは
言うまでもない。

ただ、往年の若き彼を知るオペラファンは、
「さすがに老いた。声が衰えた」とネットで感想を書いている人を
数人見かけたし、その感想を知る前に、実際にステージで拝聴
していて、
 「ちょっと弱いな。きっと昔はもっと衝撃的な歌唱を聴かせて
  くれたのだろうなあ」と想像できたのだった。
だから、正直に言えば、名歌手への感傷という点を別にすれば、
「メゾ・ソプラノ(ズボン役)が演じても良かったのになあ」
と思った人も少なくないはずだ。

そしてそのことは、他ならぬ本人が一番知っているのだろう。
コヴァルスキーさんがプログラムに、この役を1987年に
ウィーンで初めて歌ったときのいきさつや思いを述べているのだが
その文の最後で、「今回でこの役を終える」ことを告白していて、
読むとちょっとジーンとくる。
佐渡さんか、誰が彼を招聘したのかは知らないが、
「粋な人選」だったと思う。


ファルケ博士役の大山大輔さんも、フランク役の片桐直樹さんも、
ブリント博士役の志村文彦さんも皆さん良かった。
特に第二部では目立つ役であるフランクを演じ歌った片桐さんは
体格も大柄で、見た目、俳優の伊武雅刀(いぶ まさとう)さんを
ずっと想像してたし、演技も本当に面白く巧かった。


【驚きのグランド・フィナーレ】
休憩後の第二部について、プログラムには75分と所要時間が
記載されているのに、会場に貼り出された進行予定表には90分
とあった。その理由は次のとおりだ。
エンディングを迎えてのソリストたちのカーテンコール、
二度目は「銀橋」に出て来てのそれだから、近くの聴衆は喜んだ。
しかし、これでは終わらなかった。

実は「ここからがサプライズであるグランド・フィナーレの開始」
だったのだ。

先述の(2)挿入曲の意外性と数の多さの③のことになるのだが、
ソリストらが「銀橋」から再度ステージに少しずつ戻りながら、

 ①まず、コヴァルスキーさんのソロで、
  なんとジーツィンスキー作曲の「ウィーン、我が夢の街」。

  続いて小林沙羅さんが同じ曲を歌い始めた。
  彼女が、「Wien,Wien~」と歌うのを聴き、
  私はいわく言い難い感興を覚えた。
  彼女は昨年から既にウィーンに居住しているが、
  「文化庁新進芸術家研修員」としてこの9月から正規に
  ウィーン留学を開始する。
  しばらくは彼女の姿を見、歌を聴けなくなるのだと思うと、
  姻戚関係などもちろんないのに、なんだか親戚のお嬢さんが
  しばしの旅に出、それを見送る寂しさのような感情を覚えた
  ことを正直に告白しておこう。
  しかし、それはあくまでも私の個人的な感傷であって、
  ステージにおいては、むしろ、これからの留学を祝し、
  エールを送るかのようなシーンに見えたのも
  また確かなことだった。

 ②「ウィーン、我が夢の街」に続いては、なんと、
  剣 幸さんが宝塚の舞台そのままのように
  「会議は踊る」から「ただ一度だけ」をステージ中央で歌った。
  「おお、宝塚だ」と、
  なんだか「ラッキー」な気持ちになったのだった。
  ちなみに、この最終のグランド・フィナーレでは、
  コヴァルスキーさんはオルロフスキーというよりルードヴィヒ二世
  を思わす格好で、イーダの剣さんはエリーザベトを思わせる姿
  だったことも、ネット感想を書いている人が
  大いに面白がっていた。

 ③そして次はなんと「ラデツキー行進曲」の演奏。

そして本当の全員によるカーテンコール。

そして先述のざこばさんにより、
(「ユニークな演出その1 桂ざこばさんによる語り部的役割」
 の⑤のことになるが)
 「ではこれにておひらきに」 と「閉め」の言葉があり、
最後の最後、ステージでソリスト、合唱全員で「こうもり」から
「友達に乾杯~君と僕」(我ら手を取り、兄弟となれ、姉妹となれ)」
を歌いおさめてやっと本当にエンドとなったのだった。


すごい演出だった。
それでも、後日ネットを見ていたら、このグランド・フィナーレも
 「メリー・ウィドウ」で広渡演出を経験済みの聴衆には、
  「メリー・ウィドウのときのほうがもっとゴージャスで
  「より宝塚風」だった。今回は割と控えめだった」
と数人が書いていたのも面白く、参考になった。


終演後は私にしては珍しく、沙羅さんに声をかけたく
楽屋口を探したが、なにぶん初めてのホールゆえ、
よくわからなかったので、ほどなく諦めてホールをあとにした。


なお、終演後、すなわち、休憩を挟んで3時間30分およぶ
長丁場を指揮したあとにもかかわらず、佐渡さんはなんと
サイン会に応じていていた。
私は大阪に寄ってから名古屋泊の関係もあったし、
「オトコからのサインは、まあいいや」という感じもあったので、
先述のとおり楽屋が判らなかったので、そのまま失礼したが、
もともと「熱い」人ではあるし、東日本大震災後は特に
「人と人、音楽は聴いていただく人があっての演奏であり
 音楽」という思いを一層強くされていることもあっての行動、
ファンサービスだが、オペラやオペレッタを指揮した後の
サイン会というのは彼の人柄のなせる業だろう。
そういうところは「えらい」と思う。


【全体についての感想】
いくら喜歌劇とはいえ、「こうもり」にこれだけ様々な
「余計なモノ」を付け加え「ドタバタ調」を持ち込んだ演出
によって上演することがはたして良いのかどうか、
許されるのかどうかについては、
私は意見を言えるほどの教養は持ち合わせていない。

あるいは中には否定的な人もいるかもしれない。
実際、ネットに感想を書いている人の中には、
 「<こうもり>はメリー・ウィドウと違って、
  オペレッタとしては
  (フォルクス・オパーだけでなく)
  唯一 ウィーン国立歌劇場(シュターツ・オパー)で
  上演されるオペレッタなのだから、ここまで「吉本調」に、
  「宝塚調」にするのは やり過ぎではないか?」
とする人もいる。

しかし、それでも、私を含む多くの聴衆が十分楽しんだのは
疑いもない事実である。

「音楽っていいな、お芝居っていいな」と、
たぶん多くの聴衆が感じ、帰途についたに違いない。

なるほど、多分に「関西的」ではあった。
それでも、名歌手たちによる素晴らしい歌と演技に酔い、
ウィーン的な享楽に遊ばせてもらったのだ。


「人生は一行のヴォードレールにしかない」
 と、 芥川龍之介は言った。

ゲーテは、
「私はただの旅人にすぎない。君たちはそれ以上足り得るのか?」
 と問うた。

一瞬の享楽や夢が、人生のすべてに値する瞬間も
あるいはあってもよいように思う。
 「ああ、ウィーン…  ああ、音楽……」

この夢の思い出は、永遠のものでもあるのだから。

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