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2011年5月 1日 (日)

二期会 「フィガロの結婚」 5月1日の公演    秀逸のスザンナ 嘉目真木子さん

もう1組によるフィガロ。

アンサンブルとしてはこちらの組に軍配を上げたい。
その要となったのは、スザンナ役の嘉目真木子さんの
傑出したデキによるところが大きいと思う。
彼女については最後に書きたい。

まずは個々の歌手の感想

フィガロ役の山下浩司さんが素晴らしく、全く申し分の無い
 フィガロだった。柔軟にして明確な発声。
 ありがちな「なよっ」とした発声ではなく明瞭な言葉と
 ブレない音程。当たり前のようでいて、どうしても
 「キャラ」性が先に走るような歌になりやすい役だけれど、
 山下さんはその落とし穴に落ちることなく、正統にして
 骨のある歌唱だった。
 今まで山下さんの声は歌手の合同演奏会のようなかたちの中で
 2回ほど歌を聴かせていただいたことがあるが、失礼ながら
 これまではそれほど巧いという印象は感じなかったのだが、
 このフィガロは本当に素晴らしかった。

アルマヴィーラ伯爵は今人気絶大の与那城 敬さん。
 与那城さんは体格のスタイル同様、声もスタイリッシュで、
 贅肉を削ぎ落とした声なので、歌や役によっては誰よりも
 強いインパクトを与える。ただこの伯爵の役は私の好みから
 いくとやや「カッコ良すぎる」感じがしたし、
 声量ももう少し欲しいと思った。クールすぎる歌唱という印象。
 例えば、最後の最後、フィナーレに入る直前、アダージョ
 (指定はアンダンテだけど)で妻に「どうか許して欲しい」と
 歌い出すあの場面など、歌としてはとてもきちんとしていて
 とても上手いのだが、ちょっと「上手く歌い過ぎるなあ」
 という感じがしてしまったのだ。
 この場面に限らず、スタイリッシュな声に、
 もう少しだけ「こってりとした情念が欲しいなあ」と感じる
 ことが多かった。なので、私としてはもう1組の
 鹿又さんの声により親近感を感じたしだい。
 今や当代きっての売れっ子バリトンに失礼を承知、
 全国の与那城ファンに怒られることは承知で、
 正直に書いておこう。


伯爵夫人役は増田のり子さん。
 別組の澤畑恵美さんがあまりにも素晴らしかったので、
 増田さんによる伯爵夫人はどうなのか、とても興味を持った。
 結論としては素晴らしかった。
 澤畑さんほどの貴族的な気品には至らないまでも、
 女性の哀しみ、せつなさ、不安などがよく表現され、
 歌われていた。十分に魅力的な歌と演技で聴衆を魅了
 した立派な伯爵夫人だった。

ケルビーノ役は今回、二期会オペラデビューの下園理恵さん。
 精涼感あるいわば女性の声を否定しないアプローチからの
 素敵な歌と演技。大きな拍手を受けていた。
 下園さんが10代の無垢なケルビーノなら、
 昨日(別組)の杣友さんは20歳前後の色気が出ているズボン役
 という印象。私の好みでは杣友さん。
 年上の女性に恋する男性としては少年の無垢さよりも、
 もう少し大人びた男の色気が欲しいと思うから。

バルトロ役は昨日(別組)の池田直樹さんの印象が強いので、
 この日の三戸大九さんはやや損。

同様に、マルチェリーナも昨日(別組)の清水華澄さんが
 あまりにも素晴らしかったので、この日の諸田広美さんも
 決して悪くないものの、比較されてしまうので損。

この日の坂本貴輝さんによるバジリオが良かった。
 ユーモア溢れる演技。

バルバリーナ役の馬原裕子さんは個性的な声で魅力的だった。
 別組の砂田恵美さんも素敵だったが、メゾのような独特の
 トーンを特に高音域で聴かせてくれて、
 個性的な声のトーンという意味でもう一度聴いてみたいと
 思わせるのは馬原さんだった。

この日のアントニオ役の原田 圭さんも良い声で素敵だった。
 いろいろな役が十分できそうな力量ある声。

花娘役の醍醐園佳さんと三宅理恵さんも別組同様、
 表情が魅力的だった。
 2人ともいろいろ歌える人だから、いつかもっと主役に近い
 役どころで聴かせて欲しい。
 プロフィールを見ると、醍醐さんはケルビーノを歌っている。
 なるほど、背が高い美人だからカッコ良さそうだ。
 でも醍醐さんだったら、将来スザンナを期待し、希望したい
 ところだ。三宅さんもスザンナを歌える声の色だと思う。
 嘉目さんに続いて次回は誰がスザンナに選ばれるか、
 実に楽しみだ。


嘉目真木子さんのスザンナについて
 さて、最後にそのスザンナ。
 昨年の「魔笛」で可憐なパミーナを歌った嘉目真木子さんが、
 今回、満を持しての充実した歌唱と演技で聴衆を魅了した。
 別組のケルビーノの杣友惠子さん、マルチェリーナの
 清水華澄さんとともに、見事なスザンナを歌い演じた
 嘉目真木子さんのこの3人は、若手の優れた歌手として
 今回、聴衆、オペラ界に大きく存在をアピールしたと思う。

 嘉目さんについて詳しく書く前に、第二幕について触れてみる。
 第二幕は人間関係の混乱が出揃い、それが整理されるような
 説明の、物語としてはいわば経過移行部分なのだが、
 しかしここに付けられた音楽はアンサンブルの充実度としては
 このオペラの最も優れた部分だ。
 冒頭の伯爵夫人による気品ある有名なアリアやケルビーノの
 「恋とはどんなものかしら?」という有名なアリアもあるが、
 むしろこの幕では、三重唱、二重唱などの重唱が続くのが特徴で
 四重、五重、また四重、そして最後は7人の歌手による
 アンサンブル重唱とよどみなく続き、
 見事なオーケストレーションによりあたかも
 「一大シンフォニー」のように劇的に第二幕が終わる。
 ここでのモーツァルトのオーケストレーションの充実度は
 ベートーヴェン、いや、マーラーさえも予感させる、
 すこぶる感動的なものとなっている。

 そして(したがって)ここでの歌のアンサンブルの成功のカギは
 歌手の個々の力量、とりわけスザンナがどれだけ男声歌手を
 「リード」していけるかということにかかっているように思う。
 この点で、30日の組よりも、この日の組がはるかに上回って
 優れていた。
 ひとえにスザンナ役の嘉目真木子さんの素晴らしいデキによる
 功績と言ってよい。

 以前から何度か、「嘉目さんの声にはある種の「強さ」がある」
 と書いてきたが、この日も全四幕のどの場面においても、
 その強さと潤(うるお)いと輝きをもった瑞々(みずみず)しさが
 一貫して保たれていた。

 特に印象的で象徴的な箇所を1つあげるなら、第三幕の、
 スコア的には伯爵夫人の有名なアリア
 「あの楽しかった日はどこに」の前にあるのだが、
 実際の上演では一般的にそれが先に歌われた後、
 例の「お母さん?」「お父さん?」という面白いやりとりの
 語りと歌の掛け合いが来て、その後でこれまた有名な
 伯爵夫人とスザンナの手紙のデュオに入る、
 そのデュオの少し前のマルチェリーナ、フィガロ、バルトロら
 とのレスタティーボの中で、スザンナが、

   「Chi al par di me contenta?」
  (私くらい喜んでいる人がいるかしら?
   =こんなに嬉しいことがあるかしら?)

 というセリフの場面で、今回の演出ではこのセリフを舞台の
 一番奥のところから発声したのだが、舞台の最も奥まった
 ところにもかかわらず、非常に美しく輝かしい声が、
 客席にストレートになんの不満もなく見事に伝わってきたのだ。
 それは本当に素晴らしい声で、全体の、レスタティーボも
 含めれば膨大な発声の中のほんの一瞬にすぎない場面
 にもかかわらず、私には最も強烈にこの歌手の力量を感じた瞬間
 だった。

 今回の歌唱と演技で、嘉目さんは
 「スザンナのハードルを一段上げた」と思う。
 今後、この役を歌う人は当分の間、嘉目さんのデキを基準
 としてこれと比較される議論がなされていくように想う。
 それくらい立派な歌唱だった。

 昨年の「魔笛」のパミーナ、今回のスザンナ、今年11月に予定
 されている「ドン・ジョバンニ」のツェルリーナと、連続して
 二期会のモーツァルト三大オペラの主役(級)を射止めて
 きているのはもちろんその才能や恵まれた容姿ということは
 あるが、地道に「ポジティブ」にオーディションを受けて来ての
 成果にほかならない。
 そうした謙虚さとチャレンジ精神が最近の嘉目さんの成功を
 作りあげているのだと想う。


終わりに
私は終わりに近づくにつれて、なぜかカール・ベームさんの
ことを考えていた。

 1980年9月30日。
ウィーン国立歌劇場来日公演でベームさんは正にこの
東京文化会館で「フィガロの結婚」を振った。
スザンナはルチア・ポップさんだった。
それからベームさんが帰国して新しい年が明け、
その年の8月にベームさんは他界された。

 「フィガロの指揮から逝去までの約1年間の
  ちょうどその中ほどの時期に、
  ベームさん、こんなに素敵なスザンナが
  日本の大分県というところで生まれていたのですよ」

と報告したい気持ちになったのだ。

去る人と来る人。
でも「フィガロ」は「フィガロ」として歴然と在る。

ポップさんがスザンナを歌った同じホールで、
その30年と半年後に優れた日本人歌手が同じ役を見事に歌った。
天才モーツァトに欧州でも日本でも、いつの時代でも
多くの音楽家が挑んで来た。
それが伝統。
ベームさんだけでなく、ポップさんも、フィガロそのもののような
ヘルマン・プライさんも今はこの世にいない。
でも、それが人生。


余談
帰り際、ロビーには昨夜のメンバーの何人かが
募金箱を持って義援金を募っていた。
昨夜、清水華澄さんと杣友惠子さんに話しかけることが
できなかったので、お2人にそれぞれ
 「昨日(も)聴かせていただきました。素晴らしかったです」
とお伝えした。
また、二期会理事長の高 丈二さんがいらっしゃったので、
厚かましくも少しだけご挨拶させていただき、会場をあとにした。

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