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2011年3月10日 (木)

カーチス・ルメイ 勲一等旭日大綬章    【お知らせ】 11日の朝日新聞に掲載されます

カーチス・ルメイのことは何度でも書く、と昨年書いた。
今年も書くが、実はそれに先立ち、朝日新聞に投稿したところ、
明日 11日の予定で、朝刊「声」の欄に私の投稿文が掲載
されることになった。

よって、その後でないと、信義則の問題があるので後日とします。
よろしければ明日の朝日新聞をご覧ください。

【以下、後日記載】
掲載日の午後、忌まわしい東日本大震災が起きたので
だいぶ記載をとめていたので、この前日付けの後段に、
当初、掲載後に記載しようと思っていた文を記す。


予定どおり11日に掲載されました。前回もそうでしたが、
朝日新聞の場合、良し悪しはともかく、文字数と内容確認
について投稿者の原文と掲載担当者との間で
微妙な調整と確認が行われます。
ですから、極端に言えば、投稿者の不動の内容は7割、
あとの3割は朝日新聞の記者との共同作業=合作に近いもの
となります。
中にはそれを嫌がる投稿者もあるいはいるかもしれませんが、
記者の主張=意見が合理的で、修正案に納得できる場合は
特別問題無いと思いますし、今回もそういういきさつが
ありました。

以下、1私の投稿原文、
2担当記者とのすり合わせ+了解後の修正案、
3実際に掲載された全文、
というように記載します。
3の後に、全体の「修正の変遷」についてまとめて
「解説」させていただきます。


1.【原文】
毎年3月10日が来ると東京大空襲に加え1人の元アメリカ軍人
の名を思い浮かべる。 カーチス・ルメイ。
木造の日本家屋に着目して焼夷弾開発を命じ、完成後、
東京をはじめ日本各地への空爆、焼夷弾投下を命じた
司令官の名前だ。
戦後、1964年、あろうことか時の佐藤栄作政権は、
ルメイが「航空自衛隊の発展に尽力した」として
彼に 「勲一等旭日大勲章」 を授与したのだ。

チャップリン映画のセリフを借用するなら、
「1人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄さ」
というところなのだろうか。
大空襲で焼け死んだ日本国民がその事実を知ったら
どう思うだろうか?
授与に際しては、さすがに昭和天皇は難色を示し、
会うことはしなかったし、佐藤首相も乗り気ではなかった
とされているが、
当時の小泉純也防衛庁長官(小泉純一郎元総理の実父)を
中心とする一部の政治家と官僚が強力にこれを押し進めた
という。
 これが「自虐的行為」でなくてなんだろう。

また、「航空自衛隊の発展に尽力」の中には
「次期戦闘機種の決定」という項目もあったというから、
何やらわいろ性を感じさせる要素もうかがえる。

既に故人となったルメイの親族から勲章の返却を要求するのは
現実的でないにしても、かかる驚くべき事実がいかなる理由、
背景でなされたのかについて、もっと追及調査され、
広く国民に知らされるべきではないかと思う。


2.【担当記者からの修正案、打ち合わせ段階での
   最終案文】
毎年3月10日が来ると、東京大空襲を指揮した
米軍人カーチス・ルメイ少将(当時)の名を思い起こす。
精密爆撃用に開発されたB29を焼夷弾で非戦闘員を狙う
無差別のじゅうたん爆撃に使って東京を含む日本の各地を
焦土にし、広島、長崎への原爆投下を実行した司令官だ。
後にベトナム戦争で米空軍参謀総長として北爆を推進した
人物でもある。
その彼にあろうことか64年、日本政府は
「航空自衛隊の育成に協力した」として勲一等旭日大綬章を
贈った。
市民への無差別爆撃で貴い命を落とした犠牲者たちが
こんな事実を知ったらどう思うだろうか。

勲章授与に際しては反対論もあった。
昭和天皇は難色を示して面会を拒み、
時の佐藤栄作首相も乗り気でなかったとされている。
だが、当時の小泉純也防衛庁長官(小泉純一郎元首相の父)や
自民党の源田実参院議員ら一部の勢力が強力に推し進めた
という。
その背景には諸説があり、ことの真相は明らかにされていない。

90年に物故しているルメイ氏から勲章の取り消し・返還を
求めるのは現実的でないにしても、少なくともかかる事実が
いかなる背景でなされたのか、きちんと追究調査され
広く国民に知らされるべきではないかと思う。


3.【実際に掲載された文】
毎年3月10日が来ると、東京大空襲を指揮した
米軍人カーチス・ルメイ少将(当時)の名を思い起こす。
精密爆撃用に開発されたB29を焼夷弾で非戦闘員を狙う
無差別のじゅうたん爆撃に使って東京を含む日本の各地を
焦土にし、広島、長崎への原爆投下を実行した司令官だ。
後にベトナム戦争で米空軍参謀総長として北爆を推進した人物
でもある。
その彼にあろうことか64年、日本政府は
「航空自衛隊の育成に協力した」として勲一等旭日大綬章を
贈った。
市民への無差別爆撃で貴い命を落とした犠牲者たちが
こんな事実を知ったらどう思うだろうか。

勲章授与に際しては反対論もあった。
ルメイ参謀総長は昭和天皇との面会も宮中参内もせず、
当時の佐藤栄作首相にも会わずに異例の形で授与された。
小泉純也防衛庁長官(小泉純一郎元首相の父)や
自民党の源田実参院議員ら一部勢力が推薦し、
推し進めたと伝えられる。
その背景には諸説があり、事の真相は明らかにされていない。

90年に物故しているルメイ氏に勲章の取り消し・返還を
求めるのは現実的でないにしても、少なくともかかる事実が
いかなる背景でなされたのか、きちんと追究調査され広く国民に
知らされるべきではないかと思う。
 (以上)

【修正の変遷について】
1の原文と2の担当者による修正の主な点
  担当者いわく、
「チャップリンの部分は他に盛り込みたいものがあり字数の
 関係で外させていただきたい。
 それと次期戦闘機種の部分も確認がとれないので外したい。
 加える部分として、広島、長崎とベトナム戦争の部分は
 確認ができているので加えたい。
 源田実も確認済なので加えたい」
とのことで、自虐的云々も含めて削除されたが、
私が加えていない点で非常に重要な点を逆に教えて指摘
してくれたので、全面的にOKとしたしだい。
この2の内容で掲載されると思っていたが、実際にはさらに
少し修正を加えた3となった。

2から3への変化の主な箇所は昭和天皇に関する部分だ。
私と担当者がそのままにした「難色」という箇所を使用せず、
天皇にも総理にも会うことなく勲章が渡されたという表現に
変わっている。瞬間やや不満を感じたが、すぐに
「いや、このほうがいかにも異例であることが強調されるし、
天皇の意思に関する部分は難しい要素を内在するので、
暗に面会を拒否したことがこれでかえって伝わるから
これでよいか」と思いなおした。

細かく見ればもっとありますが、主な点は以上となります。

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