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2011年2月 1日 (火)

小沢一郎氏 強制起訴 ~ 検察審査会はその責任の重さを認識しているのか?

検察審査会による「起訴議決」に基づく強制起訴がなされた。
ここに至るこれに関すること、すなわち「東京地検の恣意的捜査」
や「検察審査会の勘違い的傲慢さ、無責任さ」については
既に何度も書いてきたことなので簡単にするが、少しは書いて
おきたい。

その前に「シロウトの判断」についての一般論を少し。

シトウトが必ずしもクロウトやプロより見識や感性で劣るとは
思っていない。もちろんそれは
「自分が書いている音楽評はプロ批評家より立派」などという
とんでもない自惚れを言っているのではもちろんない。
そもそもそんな相対的な価値観から音楽や演奏、映画等の
ことを書いてなどいない。
自分の感性においてはどうだったのか、という、ある意味では
少々長いメモ程度のものを残しているにくらいに思っているだけ
である。

もっとも、それでも私がどうこうでなく、シロウトの感性や意見が
ときとしてプロの評論家よりも的を得ていることを言うことは
あり得るだろうし、アーティストにとっても
 「プロ批評家ではなく、一般のお客さんの意見を知りたい」
 「むしろそうした<シロウトの感想>こそ大切に考えている」
と口にする人は結構多いこともまた事実であるから、何も世の中
 「プロからプロに物語が提供されているわけでない」
ことは言うまでもない。

数年前、N響の木管をそろそろ定年で引退されようとして
いる人と話す機会があって、相当の議論をしていたら、
その人が (酔った勢いもあったのだろうが) 私に対して
  「シロウトが何を言う」 みたいなことを言いだしたので
とても驚いたことがあった。私はよほど、
  「あなたのオケの演奏会に行く聴衆の99%は
   <シロウト>なのですよ」
と言おうと思ったが、バカバカしいので止めた。
それ以来、私がその人を軽蔑していることは言うまでない。

話が逸れてしまったので戻そう。

私がブログである対象について感想を書くときは当然 言葉等には
気をつけている。よほどヒドイ映画等は別として、
特に対象が演奏家などの人間である場合は、
仮にそのときの演奏等があまり良くなかった場合であっても、
書く以上は「一定の配慮」は当然する。
ウソやお世辞は嫌いだし書かないが、表現には気をつける
ようにはしている。
それに「そのときはたまたま良くなかっただけ」で次回は
素晴らしい演奏をすることは当然有り得る。プロ、アマを問わず。

だから、人の関わることに関してはヒューマンな配慮を心掛ける
ことは基本中の基本だと思う。

ましてや、それが仮にも「人を裁判所に引きずり出す」ことに
関することだとしたら、なお更のことに違いない。過去に、
仕事としての会社間での係争関係は別として、個人的には
「人を裁判に引きずり出した経験など もちろん無い」
ことは言うまでもない。

しかし、人間、個人としては「弱い」はずのに、
一定の「すごい権限」を突然与えられると
「自分が偉くなったように勘違いすることもあるらしい、
 そういう人も少なくないらしい」 のだ。


いつものこととはいえ、前置きが長くなったので、本題に。

検察審査会による「起訴議決」に基づく強制起訴がなされた。
冒頭に記載のとおり、ここに至るこれに関することについては
既に何度も書いてきた。

プロたる検察庁が二度にわたり「不起訴」として立件を見送った
にもかかわらず、たまたま一時的に集められただけのシロウト
集団の「検察審査会」が「検察庁が使用した同じ資料に基づいて」
「裁判にかけろ」としたのだ。大きな驚きだ。

 「検察審査会のシロウト衆は、よほどの法的な見識を
  持っているのだろう、と皮肉を言わざるを得ない」

 私 「も」 小沢一郎さんはあまり好きではない。
 しかし、「それとこれとはもちろん全く別問題」だ。

 「嫌いだから裁判にかけろ」では、暗黒社会もいいところだ。
 「あいつは<怪しいから>裁判にかけろ」、とか、
 「<嫌いだから>裁判にかけろ」
  ということがまかりとおるとしたら、
 もはや「正常な人間社会とは言えない」。

 「ヒトラー思想、ナチスドイツの体制と何ら変わらない」。

たぶんこの裁判は無罪判決が出ると想像しているが、
そうなった場合でもたぶん今回「起訴議決」した検察審査会の
メンバーは「ふうん」とばかり、全くその「意味」について考えも
しなければ、いわんや「反省」など しないに違いない。

そうした「傲慢さ」「思いあがり」がまかるとったままに放置
される、ということが、検察審査会という制度に内在する
最大の問題点なのだ。

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