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2010年11月14日 (日)

アウン・サン・スー・チーさんの解放を喜ぶ

「ビルマ独立の父」と今でも国民から敬愛されている
故アウン・サン将軍の長女で、イギリス人と結婚して同国に
暮らしていたが、母親の看病のため1988年に「一時帰国」
した際、民主化運動が市民に起きていて軍部の武力弾圧が
なされている状況に「遭遇」したしまい、市民は彼女をリーダー
として求め、彼女も英国にいる夫と2人の子息を気遣いながらも
それに応えてとにかくしばらく祖国に留まることにした。
彼女の名はアウン・サン・スー・チー。

軍部が政権を握った翌年の1989年7月に自宅軟禁を強いられ
てしまい、これまでに2回「解放」はあったものの、そのたびに
なんだかんだの理屈を付けられて再度軟禁されてきた。
せめてもの「救い」は処刑などの究極的な暴力的行為が
なされなかったことだということは言えるが、しかしその間の
1999年には英国にいる夫が他界するなど、
スー・チーさんの心情を慮(おもんばか)るに察してあまりある
状況が多々あった。

ミャンマーの軍事政権は形式的な選挙などの子供じみた
パフォーマンスこそすれ、相変わらず独裁体制を敷いている。
他国の東南アジアがどんどん経済成長してきている中、
ミャンマーはこれからどうなるのか?
軍部が自分たちの利益優先を継続していくことを止めないなら、
ミャンマーはアジアから世界から「取り残されていく」のは明白
である。
今回のスー・チーさんのとにもかくにも国際的世論もあること
から、今回の「解放」は「本物」と期待したいし、今後、
慎重にしなければならないとはいえ、やはり同国の民主化に
おいて何らかの役割を演じることを期待したい。

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