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2010年8月12日 (木)

アッツ島 「玉砕」 無能な「大本営」の大罪

12日放送のNHKスペシャルは、
「玉砕 その隠された真実」と題するもの。

アッツ島という、東南アジアではなく、北方領土方向にある
「なんでこんなところに進駐したのか?」というような
「何もない小島」で1943年5月29日を「最終日」として
日本兵2632名が玉砕した。
4倍の1万人の米軍の上陸に対する
「バンザイ突撃」という名の「集団自殺」。

もっとも、実は負傷により米軍の捕虜となった24名が帰国でき、
戦後を生きて来られた。
もう「最後の時期に語りたい」とそれまでの重い口を開け、
3名がインタビューに応じられた。
いずれも「生き残られた方々の苦しみ」が滲み出る言葉だった。

ある人は言った。
「私はあなたがたに「恥をかいている」のですから」と。
その意味するとろころはもちろん例の「戦陣訓」の中の一節、
「生きて虜囚の辱めを受けず」、というバカげた「自殺の薦め」
なる「ご高説」による苦しい思いだ。


永野修身 海軍大将や杉山元(はじめ)陸軍大将らを中心とする
天皇直属機関であった「大本営」というエリート集団。
アッツ島の山崎隊長からは「援軍」の要請が何度もあった
にもかかわらず、大本営は自らの作戦失敗を隠すため、
「玉砕を命じた」。
そして国民には、
「軍からは弾一発の要請さえなく、自らの判断による見事な玉砕
 をとげた」
と、大ウソを発表したのだった。

それに先立つこと数か月、南方ではレイテ島での大敗をはじめ
太平洋上での戦局は無残な状況に追い込められていた。
ニューギニアではガダルカナルで3万人中2万人が戦死。
そして実質、初めての「見殺し」とされるのがブナ島での
約2000人の「玉砕」だった。

この事実を大本営は当初徹底的に隠して公表しないでいたが、
もう「隠しきれない段」になり、とったのが、全く逆の
「軍は生きて虜囚の辱めを受けず、の精神による玉砕を遂げた」
とする「死者たちの<軍神>化という<美化作戦>」だった。

国民には「<軍神>さま扱い」したが、大本営の本音は
「彼等は<敗残兵>だ。敗残兵は死ぬのが当然。死になさい」
であり、そうしたと命令を出し続けたのだった。
この「氷のような冷血思想」。

結局のところ、「米軍は戦うために戦場に武器を持って行った」
のに対して、日本軍は、
「ただ死ぬために、美学としての死を強いるために戦場に行った」
としか思えてならない。
だから日本軍では上官が部下の兵士を平気で銃殺できたのだ。
「無意味な精神主義と死の強要」
アメリカの軍隊では絶対に考えられないことだ。
「大切な戦力である兵士1人1人を徹底的に大事にする」
という点で、物資の力以前にアメリカに負けていたのだ。

いつもアメリカに厳しい私がこう言うと意外に思われるかも
しれないが、それは、それだけ日本の軍隊が
「異常な気質が充満し、死を美化する空気が構成されてしていた」
ことの「反証」に過ぎない。

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