« 高校野球 印象的なシーン | トップページ | 対馬丸 »

2010年8月21日 (土)

ベルリン・フィル ワルトビューネ 2010   ルネ・フレミングさんに魅了

今年6月27日に行われた毎年恒例の
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による
「ワルトビューネ・コンサート」がNHK芸術劇場で放送
された。
今回の指揮者はイオン・マリン氏。
ウィーン国立歌劇場でのオペラの指揮で経験豊富とのことだけ
あり、良い意味で手慣れた感じで自在なタクトぶりだった。

今年のワルトビューネはなんといっても米国人ソプラノ歌手の
ルネ・フレミングさんの登場に尽きる。
ドボルザークの歌劇「ルサルカ」の「月に寄せる歌」や
コルンドルトのオペラのアリアのなんという情感の深さだろう。
そして、リヒャルト・シュトラウスの歌劇「カプリッチョ」からの
長大なアリア「最後の場」や同作曲家の歌曲「献身」は
なんという素晴らしい風格だろう。

そして、プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」の「さよなら」は
もう絶品という言葉しか浮かばない。
かと思うとその直後、同じ「ボエーム」でも
レオンカヴァッロ作曲のものでは軽妙な声を聴かせてくれる
ところもまた凄い。
そして彼女の「シメ」はプッチーニの歌劇「トゥーランドット」
からのアリア。聴衆はもう大興奮。いや、シメではなかった。

正規プログラムが終わってのアンコールの2曲目、
すなわち恒例のエンディング曲「ベルリンの風」の1つ前に
登場して歌ったのはなんと、「私のお父さん」。もう絶品。
私はこの歌唱は録音とライブ合わせて30人くらいの歌唱を
聴いているが、とうとうレオンタイン・プライスの録音を抜いて
ナンバーワンの歌唱に出会えた、とさえ思った。


オケ単独でも基本的に小品を集めたプログラミングが魅力的
だった。
ベルリン・フィルがエルガーの「愛のあいさつ」を演奏したのは
同オケ史上初ではないか?と想像する。

巨大な会場の音響はどうなのだろう?
フレミングさんの前にはさすがにマイクが置かれたし、
オケに関しても、当然マイクやスピーカーが巧みに配置されて
いるのだろうと想像する。

ときおり映し出される会場のお客さんたちの雰囲気が良い。
老若男女。くつろぎの中で、楽しんでいる。
そして、午後の青空が夕闇となり、夜のステージと会場の
雰囲気もまた格別のようで羨ましい。
自然が織りなす演出。

オケではコンマス第1プルト裏には試用期間中の樫本大進さんが
いた。大きく体を動かしての演奏。
以前よりずっとコンマスらしくなってきた。
私が調布で室内楽を聴き、サインいただいたのが6月5日だった
から、あれから約2週間後のワルトビューネ出演ということだ。

そしてヴィオラのトップサイドには、8月14日に
フィリア・ホールでリサイタルを拝聴し、サインをいただいた
ばかりの清水直子さんがいた。
この映像=演奏の約1ヶ月と半月後に日本で会話もさせて
いただいたから、親近感を覚えるだけでなく何か不思議な
印象さえ感じる。

また、ホルンには2年半くらい前だったか、ベルリン・フィルの
ドキュメンタリー映画上映の際に来日して渋谷の映画館内で
舞台挨拶したサラ・ウィルスさんと、そのサラさんを含め
昨年10月2日に大田アプリコで見、拝聴したホルンの4奏者が
いたことも当然と言えばそうだが、妙に親近感が沸く。

また女性も増えたなあ、と思う。
もっとも樫本さんのように未だ正団員ではない人も少なからず
いただろうけれど、ざっと見ても、フルートは2人もいたし、
ヴァイオリンも東洋系のかたを含めて数人いた。
隔世の感を覚える。

これまで、印象的なワルトビューネはいくつかあったが、
ルネ・フレミングさんの素晴らしさという点で、
今年のものが一番印象深いかもしれない。


ベルリン・フィルの音。
フルトヴェングラー時代はもちろん、カラヤン時代の奏者も
もうほとんどいないはずで、メンバー若がえっているし、
実際、サウンドもそれぞれの時代ごとに確実に異なってはいる
のだが、しかし、独特の太さというか、芯のとおった強い音、
という点では各時代共通しているように思える。
ある人は「鋼鉄のような」と言い、ある人は
「ビーフステーキのような重厚な」と言ったりするが、
「伝統」という曖昧な表現でしか言いようのない微妙なしかし
確実な、共通した音としての「芯」のようなもの=音が
ずっと継続されているように感じる。

以前も書いたが、昔、カラヤンがクラリネットの
ザビーネ・マイヤーを入団させようとした際、
カール・ライスターらクラリネット奏者を含む木管楽器群の
奏者を中心とした反対意見により見送られた「事件」が
あったが、そのくらい団員たちが「自分たちのオケの音」を
大事に考えてきているのだろう。
だから、今もずっと新団員の入団審査は団員全員で行い、指揮者
それもカラヤンでさえ、1票を投じる権限しかなかったという
「凄い伝統」が継続されているのだ。
ウィーン・フィルやドレスデン・シュターツカペレ等、
一流のオケがそうであるように、ベルリン・フィルも当然
言うまでもなくそうした「自分たちのオケの音」を
1人1人が自覚しているオーケストラのトップレベルの代表
と言えるだろう。


なお、放送はこれに続いて、
シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの
演奏会が放送された。
ルツェルンの夏ではなく3月19日の復活祭音楽祭のライブで、
いつもの「シェフ」のデュダメルは客席にいて、指揮台には
クラウディオ・アバド。
このオケの驚異的実力についてはデュダメルと初来日した
演奏会がテレビ放送された数年前に書いた。

この若い奏者の多数集うオケは、単に技術的に驚異とする
だけでなく、情熱的なパッションを常に感じさせるし、この日の
3曲目、チャイコフスキーの「悲愴」の例えば終楽章では
見事なまでのエスプレッシーヴォを聴かせてくれる点が
素晴らしいのだ。

« 高校野球 印象的なシーン | トップページ | 対馬丸 »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック