2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Amazon CD

  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
  • :
無料ブログはココログ

« ヒロシマ ナガサキ | トップページ | Jポップスシリーズ その18 「贈る言葉」 »

2010年8月11日 (水)

オスカー・シンドラー その後

10日、NHK 「シンドラーが救ったユダヤ人」ということで、
番組のタイトルとしては、
「ホロコーストを生きのびて
  ~シンドラーとユダヤ人 真実の物語」
が放送された。
収容所の所長、アーモン・ゲイトの非道さは
映画「シンドラーのリスト」でも克明に描かれていた。
愛人と暮らしていた宿舎のバルコニーから毎日気まぐれに何人か
を射殺する。まるで「狩遊び」でもするかのように。
この日の登場者によると、子供を首つりにし、
既に死んでいるその子の顔に何発も銃弾を平然と撃ち込んで
いたという。

実業家オスカー・シンドラーの金儲けと収容所閉鎖が閉鎖されたら
自分がロシア戦前線に駆り出されるからそれを阻止したいゲイト、
そして働きたい=生きたいユダヤ人たちの利害が一致して、
収容所から離れたところに奇跡的に建設できた
「シンドラーの工場」。そこに行けたユダヤ人は幸運だった。

戦後、シンドラーはナチ党員であったことからアルゼンチンへ
亡命し、事業を起こしたが失敗。ドイツに帰国後も、
「元ナチ」ゆえ、銀行融資を受けられなかっただけでなく、
起こした会社では(逆に)雇った従業員から
「ユダヤ人に味方したドイツの裏切り者」呼ばわりされ殴られた
こともあり、結局事業に失敗したというから、様々な意味に
おいて「反ユダヤ主義」は欧州に根深いものという印象を受ける。

ゲイトの娘と収容所元囚人の出会いと葛藤と和解も印象的だった。
また、「カポ」と呼ばれた「収容所でナチの手先として同朋である
ユダヤ人殺害に加担したユダヤ人」に関して、
ナチが撤退して取り残されたその「カポ」たちに対して
生き残った囚人がとった行動を元囚人が涙ながらに「告白」
していたが、これまた「重い事実」だった。

« ヒロシマ ナガサキ | トップページ | Jポップスシリーズ その18 「贈る言葉」 »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック