« 「最小不幸社会」 という表現は印象的 | トップページ | ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラ  マーラー 第7交響曲 »

2010年6月13日 (日)

日本は南アフリカ共和国の治安の悪さを論じる資格があるのか?

12日(土)夕方、趣味の音楽関係でのリハーサルに余裕をもって
家を出たのに、最寄りの駅の私鉄Y線が人身事故で完全に
ストップ、という想定外の事態に驚く。
池袋までタクシーかバスで行けばいいや、と楽観したら、
とんでもない。来るタクシーは全て乗車中で通過、バスも満員で
「満員により通過させていただきます」なんてアナウンスしながら
何台も通過していった。もちろんその事故のため、沿線の人々が
急遽、普段の交通手段を変えたためだ。
なんとか、30分遅れで池袋まで出た。そしてJRでS駅に出て、
そこから練習会場までタクシーに乗った。

タクシーの運転手さんとの雑談の中で、私が、
「いや~、今、Y線が人身事故でまいっちゃったんですよ」
と言うと、運転手さんがこういう話をし出した。

「今、お客さんが乗車される前にラジオを聞いていたんですが、
 その中で、久米宏さんがこう言ったんです。
 「ワールドカップが南アフリカで始まった。日本を含め、
  多くの国のマスメディアは同国の治安の悪さに言及している。
  いわく、南アは年間、殺人事件で15000人が死亡している、
  と。
  でもね、日本では年間3万人以上の自殺者が出ているん
  ですよ。 これってどうなのよ?、ってことですよ」、と」。

なるほど、そうですね、と私と運転手さんは久米さんに共感した。

殺人と自殺を同列に論じてよいとは思わない。
しかし、日本における自殺者数は1998年から2009年までの
12年連続で、年間3万人を超えているのだ。
「数字」だけ見れば、日本の自殺者数は、南アで年間に
殺人で死亡する人数の実に2倍以上なのだ。
1日平均約90人が自殺されている日本。これはどう考えても、
「南アを他人事のように批難したり、バカにしたりはできない」
と思うが、いかがか?

それに「殺人と自殺を同列に論じるこことができるか?」という点
に関してだって、「自殺は、自らによる自らへの殺人」
と言うこともできると思うし、もっと言うなら私たち日本の社会は

「直接に人を殺さないだけで、実は他者を自死に追い込んでいる
 構造があるのではないか?
 そういう個人やら組織やら地域性やら云々がたくさんこの国の
 あちこちに存在している、そういう社会に日本は成り下がって
 しまったのだ」

ということも言えるのではないか? いかかだろう?

« 「最小不幸社会」 という表現は印象的 | トップページ | ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラ  マーラー 第7交響曲 »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック