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2010年5月26日 (水)

検察審査会に「責任」は無いのか?

小沢民主党幹事長を不起訴とした最初の検察庁判断に対して、
民間から無作為に選ばれた11人の検察審査会が全員一致で
「起訴相当」したが、これについても、21日、検察庁は
再度「不起訴」とした。
今後、その検察審査会の8人以上が再度「起訴相当」とすると、
今度は裁判所が任意に指名する弁護士により強制的に起訴される
ことになる。

民意を裁判に反映させようという裁判員制度に対応する検察審査会
という位置付けを考えれば、その存在意義を特に否定するつもりは
ないのだが、裁判員制度で選ばらた人達が、それぞれ判決に
のぞむ際、各員が相当悩んでいることに比べ、検察審査会は、
ごく単純な感情から、案外適当に、というのが不適切な表現なら、
「論理的というより、個人の感情論で」、軽く判断しているような
印象を抱く。すなわち、
「小沢?悪いことを「たぶんやっているだろうから」起訴相当で
 いいんじゃないの?裁判やらせろよ」
というような、言ってみれば、相当「無責任な判断」をしている
ような印象を受ける。

精神科医の斎藤学(さとる)氏は、検察審査会の初回の結論の際、
5月5日付の東京新聞でこう書いている。
「無作為に選出された11人だから民意を反映するというが、
 全員一致(での起訴賛成)とは恐ろしい。検察情報を垂れ流す
 マスコミに洗脳され、権力者や成金者は必ず悪人と信じ込んで
 いる無力な善人たちの羨望は怖い」、と。

ある意味では巨大な権力的行使権を持ったかたちとなっている
検察審査会にも個人名の開示や議論内容を議事録等で開示する
など、それ相応の責任や説明責任等を課すべきだと思う。

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