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2010年3月21日 (日)

故・佐藤栄作氏のノーベル平和賞受賞と密約問題

学生のころから、いわば「暗黙の確定的想像(?)」とも
いうような認識が、「常識」だった。
国際政治に関心のある人なら大抵こう思っていたはずだ。

「米軍の原子力航空母艦が日本に寄港する際、
 <搭載しているに決まっているミサイル等の
 (種類による)核兵器>を、わざわざ事前に
 どこかで降ろしてから日本の港に立ち入る、
 なんてことしているわけはないでしょ(当然に搭載
 したまま入港している=持ち込んでいる)」、と。

いわゆる「非核三原則」などというものは、残念ながら日米の
政治家と担当役所間における「架空の話」にすぎない、
ということは大抵の日本人は「想像の、想定の範囲内」に
あったはずだ。
しかし、それはそれとして、それを客観的に検証し、公表された
ことのもつ意味、意義は当然大きい。
今回の外務省による有識者委員会の座長は東大教授の
北岡伸一さん。
氏については2回ほど「思い出」を含む文を書いているが、
「さすが」の活躍で素晴らしい。良い仕事をされた。
「その人とその仕事」というのは、やはりどの分野の状況
 (人と事象)においても必然的な関係性、関連性で結びつく」
ように思える。

ところで、昨年10月10日に、オバマ大統領のノーベル平和賞
受賞決定の報に接して書いた文の中でも触れたが、
故・佐藤栄作 元総理は第二次佐藤内閣下の1967年12月に
発した日本の「非核三原則」が評価されて1974年に
ノーベル平和賞を受賞したのだった。

今更どうでもよいが、いかに政治の表面的な事象が欺瞞とウソで
固められていて、それが表面的に他者から「政治的に」評価
されて「いるにすぎない」か、ということを今更ながらに思う。

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