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2010年2月 7日 (日)

ブログの効用について考える

2001年に「うつ病」から自殺した落語家の、その姉が最近、
新聞に寄稿されていた。
その姉も「なぜ気づいてあげられなかったのだろうか」と悩み、
自身も「うつ」になり、自殺も考えたこともあったという。
そうした中、友人からブログを書いてみることを薦められ、
昨年1月から携帯で書き始めたところ、気持ちが徐々に開放され、
また読者からの感想や激励に勇気づけられるようになったと
あった。
「気持のフタが取れた。霜が降りた大地からでも草が芽吹くように」
 と寄稿されていたのが印象的だった。


私がこのブログを書き始めたのが2006年2月なので、
ちょうど満4年が経過し、5年目に入ったところ。
おかげ様で1150を超すタイトル文章を書かせていただいている。
最近は1日300人前後の皆様にお読みいただいていて、
ありがた限り。
しかし、実は私自身のブログに関する本質的なことを述べさせて
いただくとすると、多くの皆様にお読みいただいているのは
本当にありがたいが、もし、そう、仮に誰ひとりからも
見てもらえずとも、実は2つの点で自分なりに意味があると
思っている。

1つは「日記的」意味合い。
もともと知力が弱いのに年々「もの覚え」がさすがに悪くなって
いる点はよく自覚できている。
なので、書くこと自体は好きだし、かといって、ペンとノートだと
どうしても分量的、スピード的についつい怠惰になって
継続が大変だ。
その点、こうしたITツールというのは本当に素晴らしいし、
助かる。

もう1つは、これは実は書き始めて自分でも初めて気づいた
のだが、文を精錬させてく中で、とき折、自分も思いがけぬほど
「うまい表現」を思いついたりする。
そういうときは、内心ニヤニヤしながら、
「うまいぞ、やったね」などと密かに思ったりもする。
文の表現がイメージできないまま書き出した場合でも、
キーボードを叩いていると、結構、自然と、
ある概念に関する表現を思い付いたりして自分でも驚くことが
本当に多々ある。
むろん自分がスゴイのではなく、そうした発想を促してくれる
IT機器の発達というものは決して大げさでなく、
やはり1つの物凄い「革命」であったのだとつくづく思う。

最近、偶然2人の人から言われたことがある。
1人は、私が書く内容や文体が「変わってきた」。
以前は(いや、今でももちろん時折、あるいはしばしあるが)
感情的に「ダーッと」書くこともあったが、ここ1年ほどは、
客観的に検証し、考察し、論理的に冷静に書いている、
という主旨のことを言われて、内心嬉しかった。

もう1人のかたからも、
「新書を読んでいるような、構成感のある流れを感じ、
 読みやすさがある」
と言われて、これまたとても嬉しかった。
もちろん、お2人の感想、意見は、お世辞半分としても、
悪い気はもちろんせず、大変お嬉しい批評だった。

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