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2010年2月26日 (金)

冬季五輪史に残る名勝負 女子フィギュアスケート

少なくとも女子フィギュアスケートに関して言うなら、
一点の疑いも無く、今大会に限らず、冬季五輪史上、
最も強烈なインパクトのある大会だったと思う。
これほど世界中が注目した競技も、オリンピックとはいえ、
そうそう無かったに違いない。

でも、浅田真央選手の演技後のインタビューでのボロ泣きのシーン
を見た日本人の多くは、私も含めてだが、
「ちょっと、金、金って言い(思い)すぎたかな」と、
心に「トゲ」を少し感じたのではないか?

個人の話題に言及する前に次の点から入りたい。すなわち、
 「フィギュアスケートの日本代表選手の男女6人全員が
  8以内の入賞ということが画期的」。
日本のフィギュアスケート陣の層の厚さを見事に物語っている。
他にどこにそんな国があるだろうか?

ただ、トリノ直後、荒川選手も言及しいていたように、リンクが
国内に少ないことは未だ未だ国内に課題は抱えている。
あのあと、現在、安藤さんと浅田さんが通う中京大学が
学内にリンクを造って2人を導き入れたのに続き、
織田選手が通う関西大学も同様の対策をとったが、
公的なレベルでの動きはない。
カーリングもせっかくレベルアップして来たのだし、北の地の、
それも一部だけでなく、関東以南を含めて、カーリング施設も
建設していかなければ、ただ選手に「頑張れ」と言っているだけ
ではダメで、後に続く選手を養成していく環境作りは公的な支援を
含めて重要な課題だろう。

公務員に贅沢な天下りさせていたり、通常、市場での家賃が
20万円もするような宿舎を3万円前後で公務員に住ませるような
「特権階級的な<億ション>を建てているカネとヒマがあったら
 カーリングとスケートの施設をもっと建設すべきだ」。


では話を戻そう。本来の話題である個人の話題に。
今回は、キム・ヨナ選手の堂々たる自信、風格と言って
よいのほどの自信が勝敗の全てだったと思う。

私を含めて、マスコミを含む多くの日本人は次のように
「甘く考えたて(というより密かに願って)」いたのでは
ないか。いわく、
「ヨナさんは追われる立場。しかも、10点差ではなく、
 その半分の差に過ぎない。真央さんはショートより、
 フリーが得意なのに対して、ヨナさんは逆。
 しかも、ヨナさんは他に同国からの有力選手はいず、
 1人で「国」を背負うという真央さん以上のプレッシャーが
 ある。
 加えて、過去において、ショートでトップに立った選手が
 そのまま(逃げきって)フリーでミスなく優勝した人は
 ほとんどいない。
 (過去の大会の優勝者の多くは、ショートでは2位以下。
  荒川さんも3位だった)等々」、と。

甘かった。
なるほど、これが韓国での五輪ならヨナさんは緊張しただろうが、
3年前から同じカナダ国内のトロントに拠点を置いてきて、
良い意味で(もちろん戦略的に)「母国を遠ざけてきた」
という「心理的余裕」を自らつくってきたことの勝利に違いない。
見事なまでの「徹底した自己管理」だった。
もちろん、それだけ国、あるいは有力スポンサーによる、
監督、コーチという人的支援と経済的支援(収入)があっての
こと、ということも事実だが。

これまで、幾つかの大会では、なるほどヨナさんは「凄い」けれど
同時に「ボロ」もときおり見せていたし、先述のように
韓国での世界選手権では、あまりの重圧に力を出せずに
終わる「弱さ」も見せていたのは事実だった。
しかし、今回はまるで別人。
堂々として、ショートでフリーでも、その前後全てのシーンに
おいて終始「王者=女王」の風格があった。


浅田真央さんは、ショート前後までは明るい表情だったのに、
フリーでは「逆転」を意識し過ぎたのか、
「最初からまず表情が硬かった」。
それが全て物語っていたように思える。

「銀」。確かに「色」とかよりも、1回目のバランスの乱れよりも、
2回目のミスであるシューズエッジが氷にひっかかる、
というほうが本人はもちろん、我々日本人も悔しくは思う。
織田選手の「ヒモ」といいい、
「神様も余計なことをやってくれる」と思うが、でも、
もちろん立派な「銀」だ。だから、
あんなに泣かないで欲しかった。堂々とニコニコして欲しかった。
だいたい、4か月ほど前は、出場すら危ぶまれたほどの
「大スランプ」だったわけで、それを乗り越えてきての「銀」
なんて、考えようによっては「出来すぎ」とだって言えるのだ。

先述のとおり、真央さんがノーミスだったとしても、
今回に限ってはヨナ選手に届かなかったと思う。
もうこれはしょうがない。
これまでずっと互いに切磋琢磨して来たライバルを讃える
しかない。
同じ歳。生まれた日もわずか20日違い。
身長もほぼ同じ。両親と姉が1人、という家族構成まで同じの
互いに「運命的な存在」としか言い様のない2人。

ヨナさんが出版した本に、デビュー時の真央さんのことが
書かれているという。
「こんな凄い選手がいるのかと思った。ジャンプがうまくて
 魅力的だった。
 よりによって、同じ時代にこんな(凄い)人がいるなんて。
 彼女はもう1人の私(自身)なのだ」。
その衝撃の日以来、ヨナさんにとって真央さんは
間違いなく「追い越さなくてはならない人」になった。
2人は、それぞれどちらかが欠けていたら、2人ともここまで
強靭なスケーターにはならなかったのではないかと想像できる。
稀有なほどの良いライバル関係だ。

真央さんは「銀」とはいえ、ミスがあったとはいえ、
点数的には自己ベスト。
それと、冬季五輪でフィギュアでメダルを獲得した選手中、
「初出場でのメダリスト」というのも史上初めての快挙なのだ。
伊藤みどりさんも、荒川静香さんもメダルを獲得した大会は
自身の初出場時のときではなかった。

そして、とりわけ更に画期的なことは、
1.ショート・プログラムにおける女子フィギュア史上初の
 トリプル・アクセルの成功。
2.加えてこのフリーでは2回のトリプル・アクセルを入れて
 いずれも成功。五輪一大会で3つのトリプル・アクセルという
 最高難度演技を決めることができる人は今後も
 そうそう多くは出てこないのではないか?


私が一番ひいきとしている安藤美姫さんは、トリノでの
「不甲斐なさ」の汚名返上は十分できた。
本人もコメントで安堵の表情で言及していた。
「(あの直後に引退せず)スケートをやっていて良かった」
とも。
美しく妖艶で気品さえあり、誰よりもエレガントだった。
ジャネット・リンの系譜の唯一の継承者。

病気で一時期引退を考えた鈴木明子さん、それを克服しての
五輪初出場での自己ベストでの8位。
「終わり近くでは、このまま終わるのがもったいないと
 思えるくらい幸せな時間だった」
というコメントが印象的。

直前の母親の急死という信じ難い悲しみの中、見事、
銅メダルを獲得したジョアニー・ロシェット選手には、
心からの拍手を贈りたい。

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