« 映画 「ゼロの焦点」 重厚な傑作 | トップページ | 天下り 嘱託で高給採用;おふざけの税金泥棒たち »

2009年11月15日 (日)

第1回音楽大学オーケストラフェスティバルの初日を聴いて

今日から12月にかけて開催される、
「第1回音楽大学オーケストラフェスティバル」の初日を聴いた。
この日は東京芸術劇場で東邦音楽大学と洗足学園音楽大学。
今後の日程は、
今月21日(土)がミューザ川崎で昭和音楽大学と東京藝術大学
28日(土)もミューザ川崎で武蔵野音楽大学と桐朋学園大学
最後が12月13日(日)に東京芸術劇場で東京音楽大学と
国立音楽大学と続く。
1999年から2003年にかけて「音大オーケストラの祭典」
という企画があったようで、それの再現実現という。
音大のPRにもなるし、音大で資金も使っているのか、
1000円という安価なチケットで非常にハイレベルな演奏が
楽しめる。私は今後の3回はいずれも所用で行けないが、
興味のある人にはぜひお薦めしたい企画、演奏会である。

さて、この日の前半は、東邦音楽大学は
ベートーヴェンの第4交響曲を末廣 誠氏の指揮により演奏した。
まず人員構成だが、9割が女性。
男性はティンパニとトランペットの2名、ヴァイオリンの2名、
ヴィオラ、チェロ、コントラバスに各1名のみ。
よって木管奏者全員とホルン2名は女性。

第4はCDでも久しく聴いていなかったが、本当に良い曲。
特に第2楽章はロマン派の先鞭の最たる見事な色香を放つ
芳(かぐ)わしい曲想。終楽章も構成としてユニーク。
まず、第1楽章だが、ここは冒頭から弦の荘厳ないかにも
ベートーヴェンらしい入りをみせるのだが、ここでは
(というか、この曲では珍しくフルートは1本のみ)
フルートが1本だけでロングトーンを吹くのが大変なのだが、
立派に余裕で吹いていた。フルートの音色は明るくて素敵。
この曲では第2ヴァイオリンが結構目立つというか、あるいは
目立たないところで活躍していると言い換えてもよいのだが、
その第2ヴァイリンが上手くて素晴らしかった。
単に(例えば)細いキザミのパッセージが実に巧いということ
だけでなく、ゆったり、あるいはスッーと出てくるフレーズや
オブリガートの部分などをベルベット・トーンのような魅力的な
低弦で弾いてくるところなど、社会人アマチュア・オケでは
まず絶対と言ってよいくらいできない、聴けない技である。
それと、奏者が5プルト=10人いるのに、完全に1つのトーン
として出てくる。
すなわち音程が正確であるだけでなく、トーンとして統率が
それている、そういう音を作ってこれる。
これは社会人アマオケではなかなか大変なことだ。
とにかくこんなに巧い第2ヴァイリンは(プロオケは別とすれば)
初めて聴いたと言いたいくらい素晴らしかった。

これは最初に書くべきことだったが、一般学生オケあるいは
社会人アマチュア・オーケストラと音大オケの違いを考えてみる
必要はありそうだ。
考えてみると、音大生のオーケストラというのは案外聴く機会は
少ない。
アマチュア・オーケストラといえば、一般大学では昔から存在
していたが、社会人によるものもここ20年くらいの間に
数もとても増えてきて、あたり前のように存在しているし、
その演奏を聴く機会も多いのだが音大はそうでもない。
だからこそ、こうした企画が成されたのだろう。

音大オケのレベルはどうか、と言ったら、私も今回あらためて
思い知らされたのだが、想像以上にハイレベルと言える。
特に弦楽器は顕著。
では、社会人アマオケとどう違うか、と言えば、
先述の第2ヴァイオリンの例のとおりなのだが、
第1ヴァイオリンも同じくトップ奏者から一番後ろの奏者まで、
音程はもちろん、音の「粒」として揃い、1つのトーンとして
響かせることができる、ということ。
学生だから奏者の平均年齢は若いが、しかし、彼らは
言ってみれば「プロの卵たち」で、実際将来、プロとしての
活動を希望するしない、希望しても全員できるかどうかは別として
少なくともその入口に立っている奏者と、一般大学生や社会人
による演奏とはやはり決定的に違う。
「専門に勉強しているのだから当たり前」といえばそうなのだが。
先述の第2ヴァイオリンの例で言えば、アマオケ最高峰の
新交響楽団でもあれほどの響は創れていないと思う。

さて、演奏では、第3楽章というのは奏者側から結構難曲のように
思えた。その第3楽章からアタッカで(休み無しで)終楽章に
入ったのは正しいと思う。

指揮者の末廣氏は直接その指導ぶりを知っているが、
力量のある有能な人で、もっと評価されてよい人だと思う。
「氏ほどではない人の数人」が、プロオケで常任、ないし
それに準じる目立った活動をしているが、
この国の音楽界の閉鎖性とかコネクションとか様々な要因が
そうした状況をつくっているのだと想像する。
もちろん、そうした人たちの名をここに書くわけにはいかないが。


後半の、洗足学園音楽大学は大ベテラン秋山和慶氏の指揮で
ストラビンスキーの「春の祭典」。
ステージ所狭しという感じで一気に奏者が膨らむ。
結論から言うと想像以上に素晴らしい演奏だった。
どこのパートがどう、と、いちいち書くのは面倒なくらい、いや
必要のないくらい、どこのパートもアンサンブルとして立派
だった。
この曲は少なくともこのくらいのレベルで演奏できないと、
してくれないと、聴く側も聴いた気がしない。
10月11日に書いたフィルハーモニックアンサンブル管弦楽団
のことを蒸し返すのは申し訳ないが、同オケはやはり
あの未完の段階でステージに乗せたことを猛省して欲しい。
適当な段階で人前で演奏できるほど生易しい曲ではないのだ、
この曲は。
この日の洗足の演奏をぜひ聴いて欲しいものだった。

この演奏、もちろん、ピッコロトランペットが序で落ちたりなんか
せず、各パート余裕で進んでいく。
「春のきざしと若い女の踊り」の弦の充実感が素晴らしい。
「音の密度が濃い」のだ。こうでなくては、と思う。
金管も打楽器も自信に満ちた響き。
このホールは「ドラ」の響が非常に効果的に残るホールだと
判った。
だから、第一部の練習番号71の絞めの和音=ゲネラルパウゼ
(総休止)や、その先の第一部の最後の和音の近代的な、
カオスそのもののような巨大な和音が東京芸術劇場大ホール
一杯に響く。
おそらくストラビンスキーが想像したとおりの斬新な不協和音を
壮大に響かせた。

第二部ではヴィオラの4人の奏者による練習番号84前後の
ところの音が素晴らしく、この「乾いた音」こそ、
ストラビンスキーが求めたに違いないであろう音を紡ぎだす。
これは社会人アマオケにはまず無理な音、演奏だ。
そして最後まで圧倒的な完成度のままエンディングに至った
のだった。
ファゴットのソロやコールアングレのソロはそれほど魅力的な音を
作っていたわけではないのだが、そういうことが目立つほど、
逆に言うと全体の、総体としてのアンサンブルがいかに優れて
いたか、ということにほかならない。
チューバの若い男性2人はときおり良い音を出していて、
感心した。全体をうるさくさせるのではなく、要所要所で
ビシリと決めるああいうチューバの音、奏者とういうものも
社会人アマオケにはまずいない。
ティンパニはたぶん第二奏者のほうが上手い人のようで、
若い人に「おまえ第一でやってみろよ」と勉強させて
いたような感じ。
フォローで入ってくる第二ティンパニの音が充実していた
のでそう想った。
とにかく、想像以上の完成度、演奏なので大変満足、
というか、感心し、感動したしだい。


ところで、このフェスティバルでは、それぞれのオケの演奏に
先だって、それぞれの大学の作曲家の学生が作曲した
金管楽器によるファンファーレが奏される、という面白い試みが
加わっている。
この日だけでなく、今後の3日間も全て、したがって、
8人の若い作曲者によるファンファーレが演奏者とともに
フェスティバルに加わるかたちとなっている点はユニーク。

そのほか、プログラムで気づいたのは、桐朋学園は
特にコンサートマスターの記名がないが、
その他の7校はいずれも全て女性、すなわち
コンサートミストレスとしての名前がある。
時代を感じさせるし、相対的にはたぶん女性の
学生比率が高いのだろう。

最初に書いたように、こうしたハイレベルな演奏が
1000円で聴けるのだ。
ぜひ興味がある人は足を運ばれたい。

« 映画 「ゼロの焦点」 重厚な傑作 | トップページ | 天下り 嘱託で高給採用;おふざけの税金泥棒たち »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック