« 驚きの9秒58 ウサイン・ボルト | トップページ | 同意見 2題 »

2009年8月17日 (月)

爆問学問SP 東京藝術大学

この日のNHK、「爆笑問題のニッポンの教養」は
「爆笑問題×東京芸大;表現力」と題してのスペシャル
拡大番組。
昨年7月の、宮田亮平同大学学長インタビューに続く、いわば
同大学編の第2弾だが、今回はまず、奏楽堂での
ウィンドオーケストラを爆笑問題の2人が指揮体験をするところ
から始まり、備えつけの巨大なオルガンもつぶさに
見学+「体験」と続いた後、美術部内の各学生の作品を
見て回り、学生や先生らと意見を交わしたのち、
数人の先生を含み多くの学生たちとの討論会。

伝えたいもの、伝える場、コニュニケート、その方法論、
現代、未来、マスメディアとアート、
「多くの人」に伝えることにこだわるのか、そうでないのか、
等々、熱い議論が面白かった。

これは古くて新しい永遠のテーマだろう。
オルガンを目の当たりにして聴くと誰しも感動する。
だが、その演奏会に今後足を向けるのか?
もちろん、そうする人も出るにしても「大衆化」とまでは
いかないことをどう考えるのか?
油絵にしても然り、落語にしても然り。
もっとも、これについては、ある学生が言ったように、
「チケットを売る努力をしていくことから始めればよい」し、
「欧州の教会には(巨大かどうかは別として)オルガンは
 当たり前のようにあるから、日本にこだわらない考え」
も「あり」だろう。
テレビやネットに乗れば、有名になったり、お金が多く
入るかもしれない。しかし、それが目的なのか?
なぜ、伝えたいのか? 何を伝えたいのか?
などなど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここからは番組内の意見から離れるが、
これの問題を端的に示した大人物が正にカラヤンで
あって、時代に乗ったレコード録音、映像録画により
世界に多くを発信していき、文字通り大きな富も得た
という、象徴的なカリスマだったわけで、
その分、批判する人も多く存在した(している)。
カラヤンに偉大な才能があったのは確かだし、それを前提
とはしているし、ベルリン・フィルという名人オーケストラを
一層技術的に洗練して重厚にしてハイレベル化させたと
同時に、あまりにも「自分」をカッコヨク見せることに執心した
人物であったことも紛れもない事実であって、なので、
人によっては、
「それが真の芸術家の仕事か?
 それが芸術の在り方か?
 そうしたコミュンケートは「本物」か?」等々の疑問や
批判の余地が生じるわけだ。

「観て、聴いてもらいえないのでは意味が無い。
 でも、客に媚を売るのが芸術か?」という葛藤は
アーティストなら誰もが抱える苦悶だろうし、
それは過去もそうだったろうし、現在も未来も存在続ける
問題なのだろうと想う。

« 驚きの9秒58 ウサイン・ボルト | トップページ | 同意見 2題 »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック