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2009年8月15日 (土)

「悼詞」 鶴見俊輔さん

鶴見俊輔さんが昨年、「悼詞」という本を出された。
これまで、氏が友人や仕事等で係わった周辺の人達の逝去に
際しての哀悼、追悼の文をまとめたもの。

古くは1951年11月の池田成彬ほか少しあるが、
大半はバートランド・ラッセルから始まる1970年からのもの
で、最近では2008年8月の赤塚不二夫さんまで、
それぞれ新聞や雑誌等に寄稿したものを集めたもの。
同じく有名だった姉の鶴見和子さんなどの親族4名を含め、
計123名に、それぞれおくる文を書いている。

冒頭には
「人は死ぬからえらい。わたしは生きているので、
 これまでに死んだ人たちをたたえる」と書き、
「あとがき」では
「この(できあがった)本を読みななおしてみると、私がつきあいの
 中で傷つけた人のことを書いていない。
 こどものころのことだけでなく、86年にわたって傷つけた人の
 こと。そう自覚するときの自分の傷を残したまま、
 この本を閉じる」と書いている。

123名中、私が著者に深く学びを得たり、感銘を受けたりする
のは、著者が各人にたいして、表面的でない敬意を底に
据えたまま、キチンとその人の業績や人柄、あるいは思い出や
感慨等をきわめて丁寧で真面目な文体で書いている点だ。

例えば、歴史学者の奈良本辰也氏については、
(相手の地位とか有名無名ではなく)
「人柄による付き合いを生涯保っていた」ことや反官僚的な男気、
大学教授を辞して後、部落問題に取り組んでいった氏の歴史観を
極めて丁寧に、事実認識に基づいた理解と敬意をもって書かれて
いるし、かと思うと、身近な「声なき声の会」の活動で知り合った
小林トミさんという画家ではあるが、ごく一般人として平和に
ついての関わりを共にした人には、短い文の最後で、
「四十三年間、トミさん、ありがとう」と結んでいるが、
そういう部分なども、けっこう胸に「グサッ」と来る。
あるいはまた、40歳で逝った高橋和巳について、大学紛争下
での自分の師を含む大学教授陣という体制側と、もう1つの仲間
であった(はずの)学生たちとの板ばさみの中で、
いかに高橋が苦闘し、苦悶していたかを精緻にあぶり出し、
今この世にはいないとはいえ彼を慰めると同時に日本や時代の
冷酷さ、非情さという問題点に言及するその思考は見事なもので、
深い感銘を受ける。
志賀直哉については、ある思い出から彼の作品の特色と
秘めた思考部分に関する所感が書かれていて実に興味深い
ものだ。
また、鶴見氏はマンガに造詣が深かったことは有名で、
当然ながら、先述の赤塚不二夫さんのほか、長谷川町子さん、
手塚治虫さんについての文も収められている。

なお、この本は市販されてはおらず、京都にある自主出版団体
である「編集グループSURE(シュアー)」というところに
申し込んで送金し、入手することになる。

では、123名のうち、私が(その人の著作等を読んでいる、
いないにかかわらず)名前を知っている人のみを列記したい。
順番は本に従っていて、悼詞が書かれた時期、すなわち
対象者がなくなった時期の時系列となる。
ただし、三島由紀夫は別。三島については没年次よりもだいぶ
後に書かれている。
これは、鶴見氏が三島に対して複雑な感情をもっていて、
現在もうまく言い得ないことによる。
「三十年余りたった今も三島由紀夫への追悼の心はある。
 同時に、彼の政治思想に対する金芝河氏のののしりを
 しりぞけることはできない。私には今も、三島自死の
 しらせを聞いたときのうろたえが残っている」、
と書いている。

私が知っている名前は次のとおり。敬称や専門分野等は省略。

バートランド・ラッセル、高橋和巳、志賀直哉、花田清輝、
武田泰淳、竹内好、遠山啓、寺山修司、野上彌生子、
貝塚茂樹、深沢七郎、桑原武夫、手塚治虫、赤尾敏、
長谷川町子、丸山眞男、岡本太郎、司馬遼太郎、埴谷雄高、
堀田善衛、久野収、永井道雄、奈良本辰也、小林トミ、
高畠通敏、石垣りん、三島由紀夫、都留重人、加藤芳郎、
小田実、河合隼雄、多田道太郎、赤塚不二夫、
(最後に置かれた親族4人中)鶴見和子。

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