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2009年6月 4日 (木)

天安門事件から20年;これからこそ試される中国の人権問題;今の自由は本物か偽物か

1989年は日本では昭和天皇崩御に始まり、
音楽界ではカラヤンの死、美空ひばりさんの死、もちろん、
ベルリンの壁崩壊等々、とにかく激動の年だった。
そして同年6月4日未明、北京の天安門では「事件」が
起きた。汚職、腐敗の役人などを糾弾する学生たちを
中心とした民主化運動に対して、政府がこれを武力弾圧。
政府の発表では319人の死亡、とのことだが、ということは
少なくともその2倍、たぶん3倍の1000人前後が殺された、
と考えるのが、共産党独裁国家に関する、外(の国)に
おける情報分析としての常識的推測値だ。
だいいち、そもそも、319人だって「スゴイ人数」だ。
日本で、例えば、警察や自衛隊が日本国民に発砲して、
319人の死者が出た、という状況を想像してみよう。
いくら、「おとなしい日本人たち」だって、絶対に「革命」、
あるいは内閣総辞職はもちろん、少なくとも「革命的事態」が
生じることは明白だ。

本日の日本経済新聞 朝刊もコラム「春秋」で事件をとりあげ、
「20年前のきょう、悲劇が起きた。民主化を求めて集まって
 いた学生や市民を、共産党政権が武力で制圧した事件だ。
 その名も人民解放軍が、こともあろうに国を支える人民と
 対峙し、多くの血が流された悪夢。それを世界は見た。
 ぬぐいがたい現代中国の汚点だろう」、
と書き、後段では、現代の状況と比較して、
「北京は高級ブランド店に客があふれ、パソコンショップの
 店員は声をからし、世のあらゆる美食が覇を競う。
 若者が屈託なく笑い、ケータイで長話に夢中だ。
 驚くべき成長を遂げ、自身に満ちた社会の顔がある。
 どちらも中国なのだ」、
と書く。

そのとおりだと思う。ただ、前段の「それを世界は見た」は
正確では無い。世界が知っている事件が起きた直後の映像は、
銃弾の音と逃げ惑う市民、燃える車両など、それも暗がりの
映像が主で、実際の状況はまるで判らない。
中国の人も、今の若い人はもちろん、当時だって、
現場にいた人以外の人は、そのときも、今も、何も知らされては
いない。

発砲によるデモ参加者の若者の死だけでなく、「暴徒」として
逮捕、拷問、長期の勾留により失職。出所しても「前科者」
扱い、すなわち、警察が発行する「無犯罪証明書」が無いと
就職できないため、ずっと職に就けない人も多いという。

中国政府は未だに真相を明らかにしないばかりか、
ここにきて、一層、言論統制と「監視社会体制」を強めている。
犠牲者の遺族が墓参りに行くと、そこに警察が見張っている、
とは、中国政府の異様なまでの神経尖りぎみ状況が判る。
死亡した青年の家周辺にも待機し、親が「慰霊の集い」に
出かけないように見張っているシーンも、
「おいおい、今は1980年代だっけ?」と、唖然とする。

TVインタビューで映された若い人たちは、
「自分は小さかったので、よく知らない」と、教科書的に
「キチンと」答えていた。
中国政府、警察は当然そうした言動をチェックしているだろう
から、
「よしよし、いい子だ。それでいのだ」と、ほくそ笑んで
いるかもしれない。
おいおい、青年たちを甘く見なさんな、中国の「大人たち」。

なにしろ、世界に知れたインターネット大国だ。
優秀な学生たちが、ネットで「天安門事件」を検索
しない「わけがない」。
なんらかの「カバー」は当然掛けられているだろうが、
そんなことを「くくり抜ける技術」くらい、優秀なIT学生なら
それほど難しくはないだろう。
実際、北京大学、清華大学、北京師範大学、
中国人民大学の4つの学生100人に対しておこなわれた
アンケートでは「知らない」は9人だけで、
①詳しく知っているが37人、②聞いたことはあるが54人
という。
②も、少なくとも半数はたぶん「調べたので、ある程度は
知っているけれど、「良く知っているとは(今のこの国の
状況下では)言えない」、というのが実際だろうと推測できる。
ということは、ネットを扱える人の相当数は、ある程度の情報を
知っている、と考えるほうが「普通」である。

実際、昨年「08憲章」というものがネットに書かれて、
当局は大慌てしたようだ。その主張いわく、
1.一党独裁の廃止
2.三権分立
3.公職の直接選挙
4.言論・集会・結社の自由

共産主義という名の、一党独裁による思想弾圧を押し付ける
ことが、逆説的に言うなら、
「それと戦おうとするイデオロギーを復権させつつある」
ようにも思える。

自由が「本物か、ニセモノか?」。
真に試されるのはこれからだ。

なお、あの、まだ弾圧が開始される前の、陽が明るい空の下、
戦車を止めようとしている青年の映像は本当に印象的で
インパクトがあったが、「王 維林」という人らしい、
ということが言われているだけで、夜に起きた事件=弾圧
の後の、彼の消息は未だに不明だという。

彼の「その後」を公表できる日が来たときこそ、
中国が真に「開かれた国になった」、と言えるのだと思う。

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