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2009年6月23日 (火)

沖縄 慰霊の日

沖縄の「慰霊の日」。皇族、とりわけ天皇家では年間の
4つの重要な日として、朝から祈りが捧げられる。
住民の4人に1人が死亡。
今もなお、遺骨や大量の不発弾が土の下にある。
戦後、不発弾で710人が亡くなっているというから驚く。

昨日=22日、NHKで「集団自決 戦後64年の告白」が
放送された。
米軍兵だけでなく、日本兵に殺された住民の話は知っていたし、
集まって手流弾等により自決ということも知ってはいたが、
この番組では、自ら親族に手をかけた人が告白する、という
重たい内容で、見ているのが辛くなった。
にわかには信じ難いことだ。

昭和20年3月、渡嘉敷島で346人がそのような理不尽な
中で親族に殺すことを懇願し、また同意し、実行された事実。
「生きて虜囚の辱めを受けず」という言葉が「たたき込まれた」
結果だ。恐ろしいまでの洗脳。
捕虜でもいい、と生き延びた人は、何の辱めを受けずに
「解放」されたことを思うと、その「紙一重」の差の大きさに
あらためて愕然とする。

映画「ミスト」を酷評した私だが、あのエンディグでも、
およそアメリカ人の死生観とは思えぬほど、
「得体の知れない怪物に食いちぎられるよりは」として、
家族間でのそうしたシーンがあり、結果、残った1人が、
その数分後には、
「何のこともなく生き延びられる状態に状況が変化していた」
ことに愕然とするシーンで終わる、という、「嫌な感じの映画」
だったが、そのような心理状態はやはり現在から想像するには
相当な困難さを伴うように思える。
「なぜ、なんとしてでも生きようとしなかったのか?」、と、
どうしても思ってしまう。

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