« 映画 「昴-スバル-」 黒木メイサ | トップページ | フランシーヌの場合 »

2009年3月29日 (日)

立原道造に寄せて

 今は 二月 たったそれだけ
 あたりには もう春がきこえてゐる
 だけれども  たったそれだけ
 昔むかしの 約束はもうのこらない
  (「浅き春に寄せて」より)

70年前、1939年のこの日、立原道造は26歳の若さで
永眠した。
府立第3中学から、第一高等学校理科甲類、
東京帝国大学工学部建築学科、という経歴を見ると、いわゆる
「理系」ということだろうが、今、私達は当然、彼を「詩人」として
知っている。
(ちなみに、東大建築学科では1年後輩に丹下健三がいた)

画才があり、短歌にも深く関心を寄せ、彼の詩のイメージは、
ほぼ同時代の伊東静雄のロ-マンティシュな作風に通じる
ものも感じるが、もっとナイーブでセンシティブであるようにも
思えるのは、病弱なイメージから来るのかもしれない。

 風は 或るとき流れていった 絵のような 薄い緑のなかを、
 ひとつのたったひとつの人の言葉を はこんでいくと
 人は誰でもうけとった ありがとうと ほほゑみながら
    (「憩(やす)らひ」より)

175センチメートル、と、当時の青年にあっては長身で、
美男子であったこともあり、彼に女性が無縁ということは
無かった。詩の中にも、女性と野原などの郊外を散策している際
の情感を歌ったものがよく出てくる。
自然の美しさについても、ほとんどどの詩にも在ると言えるほど
たびたび歌われている。

もちろん、心の暗い部分に触れるものも当然ある。

 昔の時よ 私をうたはせるな 慰めに満ちた 悔恨よ
 追憶に飾られた 物語よ
 もう 私を そうつとしておくれ
  (「歌ひとつ」より)
 そして 私は だれに そのあとめぐりあったのだらう?
 やさしく私はよびかけ 答へるやうに
 やはらかな瞳は私にささやいた
  (もう一つの「歌ひとつ」~暗い心の夕暮れに、より)

しかし、亡くなるまでの1年の間も、相思相愛の女性が彼の側に
ずっといたことは幸いであったと言うべきだろう。

« 映画 「昴-スバル-」 黒木メイサ | トップページ | フランシーヌの場合 »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック