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2009年3月18日 (水)

スタンスと心象

2007年8月、名古屋で、母と2人で歩んでこられた31歳の
女性が、「闇サイト」で知り合った男どもに無残に殺害された
事件の判決があった。
「人道的」死刑廃止論者は、たぶん、「被害者が1人だから」
死刑にはなるまいと予想し、「2人に死刑、1人は無期懲役」
という判決に、「なぜだ」というのが第一印象なのだろうと
想像する。

しかし、私のような死刑肯定論者の第一印象はこうだ。
「1人が減刑された理由は(何)?」

「客観的?」に考えるなら、今回の判決は裁判長としては
(女性であることが関係しているかどうかは判らないが)
結構「頑張った」判決ではあるとは思う。
しかしながら、それでも、お母様の落胆ぶりを拝見すると、
それだけお母様の悔しさ=被害者の悔しさでもあるだろう=が
伝わり、単に「客観的に」しか事件を考える術しか持ち得ない
私を含む多くの国民は、あらためて「事の重大さ」を認識
させられるのだ。

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