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2009年3月11日 (水)

金賢姫さんという「鏡」と「球」をどう受け止めるか?

キム・ヒョンヒさんと飯塚耕一郎さんの抱擁シーンを見て、
我々も身に詰まされる思いがするのは、それは2人が
全く立場は異なるにしても、いずれも「国家」という「巨悪」
に翻弄されてきた人達だから、ということが理解できるため
と想う。

キム・ヒョンヒさんの行為を責めたとてそれは「北の独裁者」
の命令を実行したまでの、いわば「ロボット」、「代理人」
としての行為なのであって、大韓航空機事件のご遺族が
複雑な感情を抱くのは当然とはいえ、批難されるべきは
「北の独裁者」であることは言うまでもないことだ。

もし、キム・ヒョンヒさんが「自死に成功」していたら、
それこそ「北の独裁者の思うツボ」で、そこからはほとんど
何も手掛かりも出て来ないまま「終わっていた」だろう。
「南」では、前大統領と、その前の大統領が「融和政策」
などというバカげたことを打ち出したことから、
なんとあの事件は、
「北によるテロではなく、南による自作自演」などという、
いわば、「究極の自虐思考」とも言うべき論説が「南」の中で
実しやかに囁かれ、そのため、キム・ヒョンヒさんは
北からその存在が否定されただけでなく、ついこの前まで
約10年間も、
「南においてさえ、存在が否定されたような状況だった」
という。

キム・ヒョンヒさんが事件直後、カプセルを噛み切れずに
「自決に失敗」したのは、もしかしたら、彼女が内心、
「死にたくない」と思ったからかもしれないが、その「真相」は
彼女以外、知りようのないことではある。
真相はともかく、彼女が生きながらえたことは、北からしたら、
「想定外の、とんでもない失敗。許されないこと。スパイ失格」
ということだろうが、南としては、想定外の「生き証人」でも
あるのだ。

金賢姫、キム・ヒョンヒさんという女性の「カード」を、今後
日本や「南」が「活かせるかどうか」。
「利用させられた人生」の彼女を今後も苦しめることには
なるだろうけれど、「南」での拉致被害者の数は日本を大きく
上回り、400人前後もいることを考えれば、「南」も日本も
もっと積極的な情報戦を展開するべきだろうと思う。

今回、南の大統領が変わったことをキッカケに、間違いなく
キム・ヒョンヒさんのほうから、「リベンジとしての仕掛け」を
やってきた、仕掛けてきた、のだと思う。それは、
「飯塚耕一郎さんがだいぶ以前から私に手紙を書いて
 送ってくれていたということですが、私のところには
 (南は)届けてくれていなかった」との発言からも
明らかだ。
当然、ヒョンヒさんとしても今回の「仕掛け」は生半可な
覚悟などではなく、「決死の思い」としての「仕掛け」だと
想像する。
南においてすら、自分を「ニセモノ、テロはウソ」、とまで
ウワサが起きた「南」に対する「リベンジ」。
自分のご両親や親族が「キタ」でどういう状況に陥たっか
については、彼女自身が一番理解しているはずだし、
そうした思いも全て含まれている、という意味での、
「決死の」リベンジ。
その「仕掛け」、「リベンジ」の相手先は「北」であり、「南」で
あり、あるいは、一向に事態の展開を図れない日本に対する
ものでもあると想像する。

キム・ヒョンヒさんが抱えた立場や苦悩は、国家という
冷徹な組織体が生じせしめた、いわば歴史における社会を
写し出す「鏡」であり、今回、彼女の「思い」と田口八重子さん
の兄と八重子さんのご子息が交わした「キャッチボール」を
日本も「南」も「どう受け止めるのか?」
日本、日本人にとっても、「南」にとっても、
拉致問題を忘れ去ることなどは、有り得ないことだ。

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