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2009年2月 1日 (日)

レコメンデーションから逃れる楽しさ、について

ITの知識は、若い人にはとてもかなわないが、上場企業に
求められることになった、いわゆる「内部統制」の関係で、
私なりにこの約1年間は随分とIT関係の勉強をさせて
いただいて来ている。

それはともかくとして、PCに関した、いわゆる「検索」のための
エンジンの1つに「レコメンデーション・エンジン」というものが
ある。これは、
「利用者の一定の情報を基にして、その人の趣味や嗜好を
 判断し、それにより、その人が好むであろう類似の物、
 例えば音楽だったら同系統の音楽(情報)を提供する」
というサービス(ビジネス)あるいは機能を言う。
もちろん、機械が人間の情感を分析するわけはないから、
(キューブリックが映画「2001年宇宙の旅」で描いたような
 「怖ろしいまでの機械頭脳」は幸い今のところ完成されて
 いないから)分析するのは、そのエンジンの担い手である
会社や機関等の人間であることは言うまでもない。

しかし、特に自慢とかでも何でもなく、フッと思うのだが、
私のように、音楽といっても、三波春夫さん、小田和正さんや
ザードの坂井泉水さんから、ビートルズ、エディット・ピアフ、
サイモンとガーファンクルからロシア民謡、クラシックでは
バッハ、ベートーヴェンから、近現代のグレツキ、武満徹さん
のことなどを書いている人間の「趣味」って、言われても、
分析する人は困るだろうな、と、ヒトゴトながら妙な心配を
してしまう。

もし、私が分析担当者なら、こう思うだろう。
「こいつ、何考えているんだ? 嗜好不明」、と。

もっとも、敢えて言えば、私はなるべく広い範囲、というか、
とにかく「ジャンルに拘らない」という基本姿勢の下で書いて
いるということは事実だと思う。

以前、辛口でユニークな評論家、宇野功芳さんがこういう主旨の
ことを書いていた。いわく、
「音大生は自分の専攻以外の分野の音楽をあまり聴かない
 のは不思議だし、残念なことだ。ピアノを勉強している人は
 交響曲やオペラなどのピアノ曲以外の曲をあまり聴かないし、
 声楽を勉強している人は交響曲などはあまり聴かない」と。
もっとも、そう書いていたのはだいぶ昔のことなので、さすがに
最近の音大生や、一般のクラシック好きの若者はそのような
「狭量」ではないだろう。

それでも、クラシック絶対主義(?)の感覚の人の中には、
歌謡曲等をバカにして聴かない人もいないこともないかも
しれないし、まあ、それはそれで、その人の「趣味」だから、
第三者が文句を言うこともないのだが。
あるいはまた、私の周辺の印象だと、合唱や声楽に興味の
ある人は、オペラはもちろん、交響曲や歌謡曲等もよく聴いて
いる人が多いのに比べて、弦楽器、木管楽器、金管楽器を
やっている人は、自分が弾く(吹く)楽器の奏者や曲には
詳しくても、オペラや合唱曲はあまり聴かない、という人は
結構多いようにも思える。

もっとも、これもキッカケしだいで、どうにでも「嗜好は拡がる」
のだけれども。

音楽だけに限らない話だと思うが、ジャンルに限定(拘泥)
して「自分から趣味を狭めてしまう」ことは本当に「モッタイナイ」
ことだと思う。音楽でも何でも、ジャンルに係わらず、
「良いものは良いし、そうでないものはそうでない」のだから。

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