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2009年2月18日 (水)

無意味な「永山基準」;死刑でも軽すぎる

OLを殺して遺体を切り刻んで捨てた男への判決は、求刑
の死刑ではなく、「無期懲役」。
検察は量刑不当で即刻控訴すべきだ。
平出喜一裁判長は「戦慄すら覚える」と言ったが、それでも
「ヒトゴト」すぎるコメントに聞こえる。
私は気が小さいから、想像しただけで嘔吐感すら覚える。

以下、判決文に反論したい。

①「殺害行為は冷酷ではあるが、残虐極まりないとまでは
 言えない」、という部分は、「意味が解らない」。
 そもそも語彙矛盾している。
 冷徹に女性の死体を切り刻んでトイレやゴミ置き場に
 平然と捨て去るその神経が「残虐極まりない」以外の
 何だと言うのか?
 裁判長は、「社会に与えた衝撃も大きい」と言っている
 のに、矛盾している。

②「被害者が命を落とした後である死体損壊などの態様を
  過大に評価することはできない」、との言葉は信じ難い。
 それって、
 「もう死んでるので、死体はバラバラにされようと、そのまま
  放置されようと、焼かれようと、大して意味が無い。
  どうでもよい」、と言っているに等しい。信じ難い論だ。
 確かに現在の刑法では、「死体損壊は最高刑でも懲役3年」
 というフザケタ状況にあるが、早々にこの条文は改定される
 べきだ。「いつまで明治時代の法令を引きずってんだ」

③包丁で首を一回突き刺す殺害の仕方は「執拗なものではない」
 というが、1回だろうが数回だろうが「殺害した」ことに
 変わりない。

④わいせつ行為に至っていない、というが、それを目的とした
 ことは本人が認めている。それと言いたくないが、
 想像するのも忌まわしいが、犯人は遺体を切り刻んでいるとき、
 おそらく猟奇的、倒錯的で変態的な「性的興奮状態にあった」
 と想像できなくもない。

⑤殺人については計画性が無い、というが、「奴隷」にしたいと
 計画していたのは事実で、警察が見回りに来たことで、方針を
 変更したに過ぎず、殺害の可能性を内包した残虐で自己中心的
 な行為自体には十分「計画性はあった」とすべきだろう。
 直接の殺人計画でなくとも、それを予定し得た計画はあったと
 すべきだ。

⑥しかし、一番論理的に奇妙な点は、
 「殺人、死体損壊などは、逮捕を免れるために被害者の存在を
  消してしまおうと考えたのであって、事前に計画されていた
  とは認められない」という部分だ。
 この判決文だと、「事前計画が有ること」が絶対で、これでは
 まるで、
 「殺人も死体損壊も、犯行を隠蔽するためにやむを得なかった
  のであり、また、見つからないために損壊したのは当然だ」
 とすら言っているように読み取れるのだ。
 実に奇妙で驚きの部分だ。

この裁判長は何故か、「計画性」に非常に重きを置いている。
いや、一般的にもそういうことはあるが、この事件でここに
重きを置いていることが、判決の「甘さ」を決定付けている
ように思える。

裁判長は、いわゆる「永山基準」を引用したというが、
この基準の最大ポイントを1つだけ言うと、「人数」という
ことに尽きると思う。
「1人殺した「だけ」では、死刑にしにくい」、という
「奇妙な基準」が「永山基準」に他ならない。

永山基準の9の基準のうち、④「結果の重大性、特に人数」
という部分のほか、裁判長が「選択」したのは⑧の「前科」
(が無い、という点)くらいで、
③の「犯行態様」(特に殺害の執拗性、残虐性)の点では、
先述のとおり、驚くべきことに、
「何度も刺していないから執拗性は無い。殺害行為は冷酷
 ではあるが、残虐極まりないとは言えない」と言っている。
この③については明らかに誤判だと思う。

永山基準を尊重しているとしながら、例えば、
⑤遺族の被害感情、⑥社会的影響、は、結果としては、
「無視」したかたちと言えよう。
なぜなら、先述のとおり、「社会に与えた影響は大きい」と
言っておきながら、この点を「採択」はしなかったし、
遺族の「(犯人の)墓ができたら、ハンマーを持って殴りに行く」
という感情も汲み入れることはしなかったからだ。
そして、⑨「犯行後の情状」について、「反省している」点を
重視しているが、「犯行=殺害直後」には、遺体を損壊して
捨てており、また、逮捕前のマスコミのインタビューには、
ニヤケながら平然と受け答えしていたのだが、こうした点が
まるで考慮されていないのは、やはり奇妙としか
言い様がない。

結局、「被害者が1人なので、死刑にしにくい」という、
「古典的な解釈」しかせざるを得ず、それを根拠付けるために、
無理やりいろいろな解釈を後付けにしているだけ、という印象を
持つ。
「死刑をもって臨むのは重きにすぎる」という結論には
全く納得できない。
「死刑ですら軽すぎる」とさえ思う。

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