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2009年1月22日 (木)

言葉の力;オバマ新大統領

日本時間の深夜、しかもカゼで非常に体調が悪い中ではあった
が、どうしてもライブで見ておきたいと思い、オバマ新大統領の
大統領就任式におけるその演説をライブテレビで見、聴いた。

かねてから名演説家として日本でもその演説集が本になって
売れているだけに、見事な演説だった。
まず、素朴な感動は、あの19分近い内容を「何も見ず」に
200万の観衆に語りかける様が見事で、いくら27歳だかの
「シナリオライター」が起草したものであっても、当然事前に
内容について吟味、議論を交わして修正していったろうし、
仮に「記憶して」しゃべるにしても、あれだけ順序立てて
「飛ばさずに」、予定時間どおりに喋れること自体驚異で、
「日本の政治家の中で、いったい何人の人ができる
 だろうか?」と思ってしまう。
実際、翌日の日本での街頭インタビューでは、
「ああいう人が今、日本にもいたら・・・」と答える人が幾人か
いた。

200万の観衆の特に黒人の人達の多くが、万感の思いで
涙を流しながら聞いていたし、白人の人にもそういう人もいた。
「Great Dayだね」、「Beautiful Momentだ」。
これほどの感慨と期待感に満ちた就任式というのは、同国の
歴史の中でもそれほど多くはないだろう。
また、彼の演説については、「まるで音楽のようだ」と、
そのイントネーションや、アクセント、間合い等々の絶妙な話術
が多くの人々から激賞されている。

この日の演説の中では、「Change」や「Yes,We can」は
使わず、「候補者としてのキャンペーン演説から、責任ある
大統領としての慎重な演説を行った」という指摘は当たって
いるのだろう。

イラク撤退や、各国との協調主義を打ち出し、ブッシュ路線を
否定していく内容は良いし、あの国のトップとしては、
対テロには強い言葉も必要なのは解るが、アフガニスタンに
ついては平和構築をすすめると言いながら、実際は米兵の増員
を図ると言われており、必ずしも「平和主義者」になれ得ないと
いう「立場=職種」であることも明らかなようだ。

「経済はひどく疲弊している。それは一部の者達の強欲と
 無責任による結果だが」、という部分は、相当「踏み込んで」
いて、大統領の就任演説としては極めて異例な部分だと思う。
ここに、同国のトップによって、ウォール街の投資銀行らが
行った市場行為が完全に否定されたのである。もちろん、
「市場が良い力なのか悪い力なのかということが問われて
 いるのではない」、と冷静に分析し、
「富裕者だけが優遇されるような国では長続きしない」と
正論を決めている。

「60年前なら、地元のレストランで食事をさせてもらえなかった
 かもしれない父親を持つ男(私)が、(大統領就任式という)
 神聖な宣誓ために皆さんの前に立つことができる」
という国に変化に言及したことに象徴されるように、確かに、
とにもかくにもアメリカが新時代に入ったことは間違いない。
瀬戸内寂聴さんが、「私が生きている間に、ソ連が崩壊した
ことも信じ難いことだったが、まだまだ差別のあるはずの
アメリカで、黒人大統領が誕生するなんて(嬉しい意味での)
これまた信じられないこと」と発言されていたが、寂聴さんに
限らず、1960年代から80年代を知っている人にしてみたら、
世界の多くの人が同様の感慨を抱いていると想像できる。

長くなりそうだから、いったんここで終えよう。
なお、面白いことに、「宣誓」のとき、オバマさんが言い間違え
したかのようなシーンがあったが、あれは宣誓「誘導担当」の
ロバーツ連邦最高裁長官が言い間違えていて、それに
つられて瞬間、正確に言えなかった、という。

同国の「宣誓」は憲法で明文化されていて、正確には
「私は「誠実に」大統領の職務を遂行し・・・」のところ、
ロバーツ氏はその先導で、
「私は大統領の職務を「誠実に」遂行し・・・」とやってしまった、
とのこと。「誠実に」の位置の違いでも「問題」のようで、
最高裁は「問題無い」と表明したが、オバマさんは「念のため」
後で宣誓を(教会か執務室かどこかで)やり直した、とのこと。

教会、演説、宣誓、等々、日本とは「文化の決定的な違い」を
あらためて感じさせるのも、同国大統領の就任式の一面で
あると言えよう。

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