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2008年12月23日 (火)

湯浅誠氏の「反貧困」に寄せて

岩波新書から出版された、湯浅誠さんの著作、
『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』、が、
第8回大佛次郎論壇賞と、第14回平和・協同ジャーナリスト
基金賞に選出された。

このこと自体、ようやく今日の経済状況、雇用状況の
理不尽さが、広く知識人の間にも常識的な認識として確定
されたという意味でも意義有る受賞と言える。

見事な内容だ。おそらく今の日本における貧困に関する
ほとんど全ての状況が述べられ、論理的に分析され、貧困が
なぜ一部の人達の問題ではなくいか、ということが感情論に
行くことなく冷静に、そして綿密であるがゆえの説得力をもって
書かれている。
「問われているのはこの国のかたち」であることを、論理的に、
そして具体的にどうしていかねばならないか、ということが
整理されて読む者に静かに、しかし確実に語りかけてくる。
それは政府に対する批判と要求を当然に含む提言として展開
されている。

第1章 「ある夫婦の暮らし」
 ここでは、具体的な例を基に問題点を浮き彫りにし、
 「這い上がろうにもそれを支える仕組みが無い」ことを
 記している。

第2章 「すべり台社会・日本」
 非正規社員が生じてきた状況をデータ等の客観的事実を
 踏まえて検証し、経営者が人件費を抑え、配当と役員報酬を
 増加させてきた事象をえぐり出している。

第3章 「貧困は自己責任なのか」
 この章で、いよいよ核心に入る。5つの「排除」という例を
 挙げ、特に5つ目の「自分自身からの排除」、すなわち、
 「あなたのせい」→「自分のせい」と当事者が弱い心理状態
 を抱え込んで、それが「うつ」や自殺といった状況にまで
 行ってしまう点を指摘している。
 「人の世話になってはいけない。自分でなんとかせねば」
 という、自助努力が足りないのではなく、逆にそれに固執
 して自身を追い込んでいく状況を論理的に説明している。
 しかも、あろうことか、福祉事務所の職員もそういう対応、
 すなわち、「働けるでしょう」として、面倒なため手続きを
 しないことや、そのくせ第三者が同行するとやっと動くこと
 を事例を挙げて記している。 
 人材派遣会社「ザ・アール」の社長、奥谷禮子氏が
 「過労死するのは自己管理能力の無さ」と言い、物議を
 醸した点も、感情的にたたみ込むように批判するのではなく
 奥谷氏が猛烈な非難と批判を浴びたのはなぜか、について
 冷静に分析して、批判している。そして、
 「貧困状態に追い込まれた人に、自己責任を求めることは
  奥谷氏が過労死した人に自己責任を押し付けたのと
  同じ(論理)である」と説明する。

ここからは私のメモだが、あのとき、奥谷氏は、いわゆる
「ホワイトカラー・エグゼンプション」を推進する1人で、
労働政策審議会の委員をしていたのだが、
「労働者に死ねと言うのか」、「実態を理解していない」
等々のもすごい批難を浴び、ネット掲示板が「炎上」した
のだった。
「ホワートカラー・エグゼンプション」を政府が引っ込めた
のは、奥谷氏に対する批判があまりにも大きく、強かった
ことが影響していると言われているくらいである。

 さて、もう一度、著作内容に戻る。この章では、「溜め」と
 いうキーワードを用いて、この章以降をまとめて行っている。
 「溜め」すなわち、お金、家族、友人、といった「よゆう」を
 与えてくれてくれるもの、状況を指すのだが、その論理が
 見事だ。 
 すなわち、貧困とはこの「溜め」が失われ、あるいは奪わ
 れた状態、とし、また、他の選択肢を選べない状態であると
 している。
 よって、自己責任(論)、すなわち
 「世間は厳しい。甘えるな。俺も苦しいなか頑張ったのだ
  から、お前も頑張れ」という、個々が置かれた条件が
  異なっていることを無視した言い分、あるいはまた、
  他の選択肢を選べたはず、という認識を前提とした
  いい分。あるいはまた、貧困状態の人には「溜め」が
  無いことを理解していない、ということを前提としている
  ところの自己責任論」
 と貧困とは相容れないことであることを論証している。
 そして、社会や富裕層からは「貧困が見えにくい」ことや、
 それゆえ、貧困者が頑張るためには条件(「溜め」)が
 必要である、としている。 
 この章では、また、政府が貧困を認めたがらない点を追求
 している。欧米は自国の実態ちゃんと調査しているのに、
 我が国の政府はそれをしようともしない。それは、
 憲法第25条(の生存権)違反になるからであるからだ。
 「健康で文化的な最低限度の生活が営む権利」が
 崩れていることになっては、政府として「困る」からだ。
 よって、我が国は問題解決のスタート地点にも立っていない
 点を見事に論証している。

第4章 「すべり台社会」に歯止めを
 ようやく、我が国にも深刻さへの理解が浸透し始めた
 きっかけとして、06年7月放送のNHKスペシャル
 「ワーキングプア」、07年1月放送の日本テレビのいわゆる
 「ネットカフェ難民」のルポを挙げている。
 認識が喚起されたのだ。しかし、貧困の「くくり」は難しく、
 いろいろな状況の「広義のホームレス状態」があるのが
 現実。「ネットカフェ難民」は、家ではないが路上でもない
 ところでの生活、ということになるが、人により状況は様々
 である。厚生労働省の「住宅喪失不安定就労者」という
 曖昧で限定的な認識、施策を出したが、全体を網羅は
 できていない。
 また、この章では「もやい」等の民間の活動団体を紹介して
 いる。ここでの重要な点は、連帯保証人提供すなわち、
 「溜め」の提供である点が説明されている。
 第3章でも触れた福祉事務所の対応のヒドサを再度
 具体的に記述し、
 「溜めを増やすための組織的、社会的、政治的なゆとり
 =(溜め)が、日本社会全体から失われている」と
 指摘し、これ自体が、社会の貧困の現れだと説く。

第5章 つながり始めた「反貧困」
 圧巻のまとめの章。 まず、著者は07年8月1日、
 日雇い派遣会社「エム・クルー」で働く体験をし、
 いかに労働内容自体がいいかげんで、賃金が摂取されて
 いるかを実例で紹介している。
 「飯場(せんば)」という寄宿舎を例に、金銭的だけでなく
 気が滅入る状況という「非人間的扱い」を受けているか。
 同社は「社会貢献」と威張るが、結局のところそれは
 エセ救済ビジネス=貧困ビジネスであり、
 「労働ダンピング」によるものだ、としている。
 人材派遣会社では、派遣される労働者の賃金を、
 経理上、人件費ではなく、資材調達費、としていることは
 象徴的であり、日雇い派遣労働者が人ではなく商品 
 倉庫に置かれた在庫物資であること、いや、倉庫すら不要
 となっていると指摘し、日雇い労働者が「条件を選べない」
 ことに基づいた、人間的な諸権利の放棄までに追い込んだ
 登録派遣制度の実態を指摘している。
 そして、それを利用する企業であり、社会はいつまでも
 貧困化スパイラルを止めることができずにいるが、ようやく、
 いろいろな動きが出てきており、各政党、弁護士、市民団体
 「反貧困たすけあいネットワーク」等の活動を紹介している。
 しかし、セーヒティー・ネットを政府が整備しないと、
 ボランティアだけでは限界がある点に触れ、
 「行政はなぜ行動しないのか?」と問いかける。
 そして、「貧困が世代連鎖していかない社会、年をとっても
 安心して暮らせる社会」が重要である」と説く。

終章では、
 「派遣労働者、貧困層を救済することが国力を増し、
  社会不安を無くし、明るい未来をもたらす」
 「自己責任というが、銀行、大企業で公的資金(税金)を
  使った企業、経営者はいつ自己責任をとったのか?
  労働者には求め、自分には求めないのか?」
 「普通に暮らせる社会が目指すべき社会。
  人に自己責任ばかりを言う社会は、いずれ全体が
  沈む」
 「野宿者はセーフティネット不在、機能不全の現れであり、
  社会全体の問題。変えねばならないのは不具合な社会
  であり、誰に対しても人間らしい労働と生活を保障できる
  「強い社会」を目指すべき」とする点は説得力がある。

 「人と社会の「溜め」を作ること。人々の支え合いの強化、
  社会連帯の強化。公的セーフティネットの強化が必要」
 「貧困問題に取り組まない政治家はいらない」
 「いつまで、滑り落ちていく人々をただ黙って見ている社会
  であり続けるのか?。最大の敵は無関心。
  貧困は自己責任ではない。
  問われているのは、この国のかたちである」と結んで
 いる。

あとがきでは、
「誰かに自己責任を押し付け、答えが出たような気分でいる
 ことは、もうやめよう。財源が無いなどという言い訳は
 もうやめよう。
 そういうことを言う政治家や経営者には、まさに「自己責任」
 において退場していただこう。主権は、私たちに在る」と
締めくくっている。

全ての日本人、必読の書と言える。

それにしても、湯浅氏自身は東大卒のいわゆるエリートで
ありながら、ホームレスの人々に実際に接して支援組織を
作って活動をしている、という現実における実践をしている
ことだけでも尊敬するし、同時に、さすが、この書のように、
現実を感情的に叫ぶのではなく、あくまでも現状を説明し、
緻密に論理的に分析できる能力を持っているというのは
素晴らしいと驚嘆する。
全ての国会議員や、米国追従型経済雇用政策を政府に
進言してきた低能な経済学者や経営者は、彼に多くを
学ばなければならない。

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