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2008年12月29日 (月)

「論争 若者論」 仲正氏に対する疑問と反論

今年、あるいはここ何年間かに月刊誌等で発表された論文を
「文春新書」が(各出版元から了承を得て)「論争 若者論」
と題して出版している。

その中には、今年話題になった「丸山眞男をひっぱたきたい」
(後記;注1)も入っているし、2年前だから、意見が異なって
いるかもしれないが、いつも妙な展開を語る宮台真司氏の
「まったり生きる若者たち~腹を括ってニートを選んだ彼らは
 下流ではない」(注2)を含む全部で、12の論文あるいは
対談が収められている。

中でも私が一番共感を覚えたのは、佐藤優氏と雨宮処凛氏
による対談「戦後初めて、若者が路上に放り出される時代」
(中央公論2008年4月号に掲載)だったが、ここでは
それについて触れない。

取りあげるのは、一番稚拙に思ったところの、
金沢大学教授、仲正昌樹氏による
「アキバ事件をめぐる「マルクスもどきの嘘八百」を排す」
という文だ(「諸君!」2008年9月号に掲載)。

1963年生まれ。東大卒。専攻は政治思想史、とのこと。
今年6月に秋葉原で起きた無差別殺傷事件の関し、
「サヨク人が、あまりにも社会構造の問題として発言して
 いることに怒っている」ようなのだ。
批判の対象(矛先)は、テレビ番組「報道ステーション」、
批評家の東浩紀氏、慶應大学教授で経済評論家の
金子勝氏、ジャーナリストの堤未果氏、雑誌「AERA」、
精神科医の香山リカ氏ら。

仲正氏の核になっている意見は、あの事件は、
「加藤容疑者の個人の問題であり、彼個人が責任を
 問われるべき」ということだろうし、それ自体は私も
全く同感である。しかし、不安定な雇用状態等の社会的
状態も、下部の要因としては事実として存在しているし、
仲正氏自身も、「容疑者には、仕事・職場という暴走抑止
装置が欠けていた、と控え目な主張なら私も納得する」
と言っているので、基本的な部分は理解できているよう
にも思えるにだが、それにもかかわらず、非常に
「エキセントリック」あるいは「ヒステリック」に
「低俗なサヨクだ」、として批判している点が大変奇妙だし、
不可解だ。

1.そもそも文中、「サヨク」などと表記している点が
  時代遅れだ。これは島田雅彦さんが1983年に
  書いたデビュー作、「優しいサヨクのための嬉遊曲」
  以来、久々に見た表記で、笑ってしまった。

2.「世の中で何か不条理な事件が起こるたびに、強引に
  下部構造(=経済的生産様式)にその原因を求めよう
  とするのは、かなりレベルの低いマルクス主義者の
  発想である」、としているが、
  先に挙げられた人達がそんな論調をしているとは思え
  ないし、第一、今どきそんな程度のガチガチの
  マルクス主義者なんているのか?と思う。
  氏はマルクス主義(者)に対して何かよほど
  被害妄想的トラウマでも持っているのか?、と
  イヤミを言いたくなる。

3.「マスコミや新自由主義批判をするサヨクの媒体で
  しか、「勝ち組、負け組」などという言葉はほとんど
  使われていない」、と言うが、
  事実認識が間違っているし、氏が投稿した2008年
  では、もはやそんな言葉は「過去のもの」になって
  いたと思える。

4.「サヨクは、日本社会におけるあらゆる負の現象を
  「格差」に結びつけ、その原因が「新自由主義」に
  あると決め付けることで、「格差」言説を広げて
  いるが、最終的にはどうしたいのだろう?
  「全く格差の無いユートピア」を目指しているのかも
  しれないが、それは宗教だ」、と結んでいる。

この4について。
①「最終的にはどうしたいのだろう?」との言葉は、
  そのまま仲正氏に返して尋ねたい。
  「あなたこそ、何を言いたいのか?」と。

②「全く格差の無いユートピアを目指しているのかも
 しれないが」、の点については、
 「誰もそんなものは目指していないよ」、としか
 言い様が無い。
 そんな世界はあり得ないことくらい誰でも理解している
 だろうに。
 今時そんな「ユートピア」を想っている人など1人もいない
 と考えるほうが「普通」で、仲正氏の「心配」は、まるで
 1970年前後の、全共闘時代の赤軍派に対する心配
 のように想像できて、その時代錯誤感に呆れる。

「格差」は、いつの時代、どの国、どの地域にも歴然とあった
のであり、人間が生きているうえでは永久に存在する。
それは、「欲望」が人間にはあるからだ、ということくらい
高校生でも理解できているのではないか。
もっと言うと、動物に当然のように「弱肉強食」の状況がある
のと同じで、「生存競争」とか、それは恋愛とかも含めて、
また平たい言葉で言えば、運・不運という点も含めて、
「格差自体が消滅している状況など、あり得ない」
ことくらい誰でも理解できるのだ。

今国内で問題になっているのは、「格差」の存在そのものでは
ない。それがここ20年、特に10年前後の間に、法的に、
人為的に、制度(仕組み)として格差が作られてしまい、
その結果、雇用、ひいては経済全体を不安定にしていること、
また、単なる「貧乏」を通り越して、人間としての生存権、
憲法第25条そのものにかかわるほど追い詰められた
苦しい人々が多く生じてしまい、存在していることが問題と
なっているのだ。


結論として、要するに、仲正氏は、加藤容疑者による事件と
その報道を「利用して」、「自論としてのマルクス主義(者)
を批判したいだけのこと」に思える。

仲正氏については詳しくは知らないが、論壇では、一部の
人には知られた人らしい。論客を気取っているようだが、
大学という象牙の塔にいるとなかなか解らないかもしれないが
在野には私より優れた論客はいくらでもいる。
大学という権威の衣をよいことに、安直に浅い論考のまま
書いたりすると、今後、今回の私の文以上に手ひどい批判を
浴びるであろうことは容易に想像がつく。
評論文や批判文を書くということはそういうことだ。
すなわち、相当深い論考をしないと、それ以上の
カンウター・パンチを喰らうことがある、それも「現実」に毎日
直面している民間人からこそ、そういう反撃を受けることが
有り得るということを、今後十分注意して論じていただきたい
と思う。

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(注1)「論座2007年1月号」に、赤木智弘氏が寄稿した
   文で、相当反響を呼んだ論文。
   主旨としては、戦中、当時、東京帝国大学助教授で
   あった丸山眞男氏が徴兵され、軍隊では学歴の無い者に
   ピンタを喰らった、という逸話を踏まえ、若者が現代の
   ような状況から抜けられるとしたら、戦争でも起きない
   限り無理ではないか、そうでもないと、こうしたエリート
   と、そうでない人との逆転は生じないのではないか、と
   思いきった論を展開した文。もちろん、赤木氏は
   戦争そのものを肯定しているわけではない。

(注2)首都大学東京(旧・東京都立大学)の教授で、
   援助交際等、風俗の研究でも知られている宮台氏に
   よる文(「Voice」2006年3月号)。
   宮台氏はもともとユニークで変わっているし、
   10のうち2つくらいは良いことも言う。
   この文では相当呑気な内容を展開しているが、
   2年前の文章ということを考慮して、特に批判するのは
   やめておきたい。

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