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2008年12月13日 (土)

アメリカの資本主義を考える その1;自動車業界

ビッグ3救済法案は上院の反対により廃案。TVでも、
ニューヨークなどの市民へのインタビューで返ってくる答えは
「倒産すべき。少なくとも3でなく2社でよい。規模もビッグ
 でなく、スモールでよい」等々、相当厳しい。
これは、GMなどは赤字が続いているのに、経営トップに
至っては相変わらず、10億円を超える年収を得ていた、
という、日本ではあり得ない状況に対する当然の批判なの
であろう。
「格差を前提とする、あるいは、当然なものとする前提の
 国家」であっても、さすがに市民の「コモンセンス」が
「No」と発言しているわけだ。

東西冷戦下では、資本主義VS共産主義(社会主義)と
いう、明瞭なイデオローグの対峙があり、ソ連や東欧諸国が
次々と崩壊していったときは、「西側」は声高に「勝利宣言」
したのだったが、あれは幻想だったのか?

「資本主義の牙城」と言われたアメリカ。
しかし、実は業界によっては、もっとも「社会主義的」な体制
を敷いていた事実がある。
日本も、少なくとも役所がもっと国民から信頼されていた時代
においては、「もっとも成功した社会主義国家」と皮肉を
言われたものだが、驚くべきことに、米国の一部の業界では
その日本を上回る「労働組合天国」状態がある。

話を戻すと、法案廃止(採決されず)の主な理由は、
ビッグ3の従業員の賃金を下げることに対して、自動車労組が
反対したことによることが大きいという。
「自分で自分の首を絞めた」ことに驚くが、例えば、年間に
同じ販売台数であっても、米国トヨタは億単位の黒字、
GMは億単位の赤字、というように、何か大きな根本的原因
があるに違いないにもかかわらず、そうした改善を怠ったまま
先述のように、経営者は億単位の年収を平然と得続け、
従業員の賃金も、北米トヨタを10とすると、15の賃金を得て
おり、同国の他の製造業の中ではとても恵まれていたことが
あるためか、こういう事態に遭遇してもなお、自分達の現在の
賃金を下げることに抵抗が強いようだ。

「一時的に減収になっても、みんなで乗り切ろうよ」と、
日本の、少なくとも、1970年代から80年代の日本社会なら
そういうコンセンサスがすぐに生じたものだが、米国の、
少なくとも自動車業界は、そうは簡単にいかないようだ。

全米自動車労働組合の力は凄いもので、「ジョブ・バンク」
という制度が自動車組合に存在していて、今回の批判の的
となり、さすがに「凍結」するようだが、これは、
「一時的に仕事からはずれても、基本的に失業者を出さない、
 という考えに基づき、遊んでいても就業時代と変わらぬ報酬
 で暮らせる期間が得られる」、
というシステムを指す。
これが先ほど触れた、「日本以上に社会主義的な」あるいは
「労働組合天国」とも言うべき、米国自動車産業界に存在する
「スゴイ実態」のことだ。

GMの経営者は長年、赤字体質の原因の究明と改善という、
経営者として当然の義務を行うことをせず、自身達は、毎年
平然と億円単位の年収を得てきている。
「日本ではあり得ないこと」だ。
「アメリカの資本主義はこんな程度だったのか?」と驚くが、
そんな程度だったのだろう。
「アメリカの資本主義の底の低さ、程度の低さ」に呆れる。

もっとも、20年ほど前は、同国における従業員と経営者の
年収差は平均35倍だったのに対し、ここ10年ほどで、
なんと、400倍という差が生じている。
アメリカにおいても、横暴な金融システムのリードにより、
「勝ち組」とかいう自己正当化論により、エゴイスティックな
「自分さえよければ的価値観」が助長、拡大されてきた、と
言えるだろう。
儲っていればまだ別だが、先述のように、赤字の場合、
日本、少なくとも以前の日本においては、まず経営者から
身を処して、最低、減俸とか「責任」を明瞭にしてから、
何らかの手を打つことをしていたし、それが当然だと思うが、
アメリカには「成功者神話」の伝統があるためか、
報酬に対する認識やシステムが日本と根本的に異なる
要素がありそうだ。これはイデオロギーの問題などではない。

日本でも一時期、「勝ち組神話」、「格差当然論」が幅を
きかせようとしていた時期が最近まであったが、もはや
それは「奢り」、「間違い」であることに我が国の多くの人は
気づいている。それは少しの、今後に向けての救い、希望
ではある。

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