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2008年11月 7日 (金)

筑紫哲也さんを悼む

闘病生活をされていたことはもちろん知っていたが、とき折、
例えば、哲学者 鶴見俊輔さんの授業を見た後のインタビュー
とか、韓国の李明博(イ・ミュンバク)大統領来日時の
「ニュース23」への招聘時等、最近もたまにテレビで拝見
する場面はあったので、筑紫哲也さんの突然の訃報には
ただただ驚き、残念な気持を強く感じる。

多くの人が「芯のある人だった」と言っていたが、私には
むしろ、論点や意見がやや弱腰に思えるときもあったり、
氏の発言に何らかの批判が(TBSにか、氏個人にかは
知らないが)行ったのだな、と推測される場面では、意外と
意見を撤回、あるいは和らげたり、と、私にはときとしてやや
「物足りない」と思うところも感じさせる人だった。

しかし今、氏の訃報を聞いて、心に何かポッカリと穴が空いた
ような寂しさを感じるのは、そうした「弱さ」あるいはそれを
「優しさ」と置き換えてもよいが、そうした「弱点」をも含めて
氏の柔和な、そう、正に「優しくハニカンだような笑顔」を
含めて、極めて人間として魅力的な人だったと思う故だろう。
男性の、私のようなずっと歳下の男からみても、そういう魅力
を感じさせる人だった。

もちろん、「多事争論」に見られるように、自分の意見を
言うときは言う、という毅然としたところも、もちろんあった。
しかし、そういうときでも、例えばその「多事争論」でも、
とき折、「そうかなあ?」とか、疑問や反論を感じることが
あったが、氏はそれを百も承知で問題提起していたのだろう。
正に「異論、反論、objection」を尊重した人だったと思う。

だからこそ、(これも多くの人が語っていたが)、様々な
意見が異なる人々にも、偏見を敢えて捨ててインタビューに
臨んでいく、いける、という姿勢こそが、氏の面目躍如たる
長所だったと思う。

田原総一朗さんのような、敢えて「挑発的な仕掛け」や
激しい「ディベート的討論」を仕掛ける人では全く無かった
から、そういう意味では「調整型」の立場を採れる人だったし、
それは決して不名誉なことではないだろう。
そういうジャーナリストは必要である。
そういう意味では、「聞き上手」な人だったのだろうし、
そうした柔軟な姿勢が、バランス感覚の良い報道の第一人者
としての存在感を際立たせていたのかもしれない。

政治だけでなく、映画、音楽、スポーツ等々が好きな人だった
から、番組でもそういうコーナーはいくつもあった。
おすぎと話題の映画を論じあったり、小澤征爾さんのリハーサル
を見学にいったり、等々、挙げればキリが無い。
エンディングのテーマ曲として、多くの歌手の、しかし、特別
メジャーな曲ではなく、それほど知られていない曲、新曲等を
敢えて使用したり、と、そういうのも多分、氏の考えや、
もしかしたら自分が「見つけてきた」曲を使ったのかもしれ
ない、と想わせるようなユニークな部分を放送の中で実践
されてきた人でもあった。
1993年だったか、加藤登紀子さんの「川は流れる」を私は
あの番組で知り、すぐにその曲を好きになり、今でも手元に
その曲のシングルCDがある。

とにかく、もう筑紫さんの声や論説がテレビで見れない、
聞けない、というのは本当に寂しいことだ。
ちょうど、オバマという、筑紫さん自身、係わりが長く深かった
アメリカ合衆国の新しい時代に入っていくときに、氏の
同国に対する見解が聞けないのは残念でならない。
心からご冥福をお祈りします。

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