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2008年10月13日 (月)

暗殺犯を追えシリーズ1 「誰がJ・F・ケネディを殺したか?」その1

この新連載第1弾は、ときのアメリカ合衆国連邦最高裁長官
アール・ウォーレンが中心となった事件調査委員会、いわゆる
ウォーレン委員会による、リンドン・ジョンソン大統領への
最終報告の結論、すなわち、「ジョン・F・ケネディの暗殺は、
リー・ハーヴェイ・オズワルドによる単独犯行だった」 とする
最終報告は、「100%デタラメであった」 という認識に立つ
ところから出発するものである。
また、米国は、「関係者がほぼ全員生存していなであろう」と
する計算から、2039年に「全てを公表する」ことになっている
が、私はそれまで生きている自信が無いこと、および米国が
その予告(約束)どおり実行して、全てを白日の下に曝す
こと自体、有り得ないと思っている=全く信用していない、
という2点も、今回の連載を開始する理由でもある。


まず、事件そのものの検証に入る前に、実に「奇妙な現象」
=事実、からご紹介しよう。
事件が起きた1963年11月23日から、
「犯人は、オズワルドではないのではないか?」との疑念を
抱かせる証言、例えば、彼を事件前に(警察が言う場所とは)
違う場所で見た、とか、銃声は委員会が言う後方ではなく、
前方で聞こえた、とか、とにかく、真犯人からしたら、
「好ましくない証言」をした人々が、
①1967年2月までに、すわなち事件からわずか3年と3か月
 の間に、実に18人もの証言者が次々と「死亡」している
 のである。18人の死因は、6人が何者かによる射殺、
 3人が交通事故死、2人は自殺。1人は首を斯き切られ、
 1人は空手チョップで首を折られ、残る5人は「自然死」。
 「自然死」?・・・・・。

 ある統計調査機関が面白いデータを公表している。
 このように、ケネディ暗殺事件ということでなくとも、
「ある何らかの事件に関係した人が、それから3年3か月
 以内に、死因は何であれ、18人も死亡する確率は、
 1兆10万分の1、の確率で「有る」ことはある」という。

要するに、無い、ということだ。
「有りえない」、ということである。

②ちなみに、事件から12年8か月後の1976年7月まで
 では、目撃者以外を含む何らかの関係者、77人が
 死亡している。
③その後、1984年までには、26人が死亡。

合計すると、事件から、約20年間に、何らかの関係者が、
実に103人も死亡しているのである。

もちろん、③となると、さすがに、事件性とは無関係な
ものも少なくないだろう。
②も、13年近くが経つので、全部が全部、疑うのは
多少無理があるにしても、それでも、77人、という数は
決して少なくない数だ。いや、①はもちろん、②にしても、
明らかに尋常な数(自然な数)とは言い難いと言えよう。

後日、その2で書くが、要するに、犯人側(もちろん
複数。それも、相当大掛かりな「計画」)にとって、
この「暗殺計画」は、
「絶対に犯人が1人たりとも捕まってはならない」という
「絶対命令、絶対条件下で行われたものだった」、と
言えるのだ。

では、その1は、ここまでとさせていただきたい。

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