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2008年8月 9日 (土)

大きな分岐点としての北京奥林匹克が開幕

北京オリンピックが開会した。
実質的には既に「資本主義社会圏」といえる同国にとって、
いわば、「西側に入るべく、その念願だった祭典」とも言うべき
大会なのだろう。
「100年(来)の夢(だった)」と言うのは、存外ウソではないのだ
と思う。

入場は、最初はギリシャ、最後は開催国、というのは同じだが、
他は今回、国名を中国語=漢字に置き換え、その際、「画数」
が少ない順から、というのがユニーク。
ちなみに、オリンピックは、表題の「奥林匹克」とのこと。
なるほど、読めなくもない。

五輪旗が掲揚される際の「オリンピック賛歌」はいつも、たいてい
どの大会でも感動的なのだが、今回も少年少女達による合唱は
大変美しく、清涼感と透明感の抜群な素晴らしい児童合唱だった。
妙な言い方で失礼だが、「合唱のレベル」においても、
もはや中国は完全に「西側」の域にあると断言してよい。

開会式にも出演して、ピアノを弾いたランラン(郎朗)が、
最近自伝を出版した(まだ、26歳だけど!!)ので、
少しずつ読み始めたが、「文化大革命」が終わり、それに
対する反動、反発として、両親によるピアノ・スパルタ教育が
施されたようで、大変興味深い。

入場行進を見ていると、どの国も女性アスリートに美しい人が
多いことに、男性としてはやはり関心がいく。
ただ、音楽的センスの点では、(今、誉めたばかりだが)
どうも(?)という感じはした。
とりわけ、スコットランドじゃあるましし、バグパイプがしょっちゅう
聞こえていたのは不思議だった。

前回のアテネでは、マーラーの第3交響曲の終楽章、
マーラーが当初、「愛が私に語ること」と標記した、あの偉大な
アダージョを奏したような「センス」は(地域が違うのだし)求め
ようもないことだろうけれど。

北京五輪。どうか、テロ等がないことを祈りたい。
そして、これをキッカケに同国がどう変わっていくか、
(既に、ここ20年ほどで大変な変わり様ではあるが)という
点は、当然今後、注目していく点だ。

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