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2008年8月 7日 (木)

ヒロシマ

6日はヒロシマ。
例えば、爆心地のそばの郵便局にいた職員は「全員」即死した、
と言うことを知ると、その「一度に一瞬にして全員が」ということ
自体に、圧倒的な衝撃を覚える。

しかも、原子爆弾は「その後」も、かろうじて生きながらえた
被爆者たちを苦しめ、徐々に死へ追いやってきたのだ。

アメリカでは、「あの投下により戦争を早期に終結させた」との
アホみたいな「虚言=自己の正当化」が依然として(同国と
しては当然ながら)教育されているし、元軍人達の多くが、
そう思っている。
いや、正確に言うなら、「そう思いたがっている」。

誰でも「真実」を見るのは怖いのだ。
「真実」を知るのことは「怖い」のだ。
いくら、軍人という使命、時代的状況があり、トルーマンの命令
とはいえ、投下した「現場がどういう惨状になっているか」など、
知りたくもないだろう。
原爆など投下しなくとも、既に東京を始め、日本各地への爆撃
により相当なダメージを与えていたのだから、必然的に戦争は
終ったのだ。

以前も書いたが、ウラン型とプルトニウム型という2種の
原子爆弾を「せっかく造ったのだから使用しない手は無い」と
いうことが、わざわざ種類を変えての、2箇所への投下だった、
というわけだ。

「臆病者」。アメリカ人に限らず、人間は皆そうだ。

だから、日本においても、「南京虐殺など無かった」という
ことを「言いたがる」人達がいるのだ。
誰もが、正義とか聖戦とかに解釈したいわけだ。
しかし、どう言っても、戦争は軍人同士の戦いでは済まな
かったわけで、沖縄地上戦、あるいは、日本軍と米軍が
交戦したため、10万人の市民を死に至らしめたという
「マニラ市街戦」等々、あげたらきりがない。

そもそも、ヒトラーは「ユダヤ人の絶滅」という、国という
概念を超えての殺戮を標榜し、実際それを仕掛けた
のだった。

また、日本軍の中だって、逃亡、投降しようとした「仲間」を、
同じ日本人(多くは上官だろうけれど)が、銃殺して投降を
させないようにした例が少なくなかったことは言うまでもない。
「靖国」、と言うけれど、もし私の祖父とか、親族で、戦地に
行き、「敵にではなく」、同じ日本人に射殺されていたいた
人がいたとしたら、それを知ったとしたら、私はそいつを白昼
引きずり出して徹底的に詰問し、何らかの「責任」を求めるに
違いない。

戦争は憎しみしか生まない。
それを真に反省して回避するためには、
「過去の事実を知る勇気」が無くては何も始まらないのだ。

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