« ごくせん、高視聴率とのこと | トップページ | 笹本玲奈さんは本田美奈子さんの再来かも »

2008年4月28日 (月)

姜尚中先生の初恋

東大教授で、「朝まで生テレビ」での討論をはじめ、多くの番組
でのコメントや多くの執筆(著作)活動で活躍中の、お馴染みの
姜尚中教授について、NHK、27日深夜、というか28日午前0:25、
「私が子供だったころ」というタイトルで少年期を回想する番組を
やっていて、偶然、途中からだが見た。

1950年、熊本に、在日コリアン2世として生まれたことはもちろん
以前から知っていた。確か、「在日」という本も書かれていると思う。
永野鉄男を名乗っていたが、早大の学生時代、訪韓をきっかけに、
本来の名であった現在の名を名乗るようにしたことも、以前、
本か、テレビでのインタビューかで知っていた。

番組では、「中学生日記」のような、子役による、姜さんの
小学校時代の様子がミニドラマとして紹介されていた。
小学5年だったか、転校してきた少女に惹かれる姜さん。
その少女も、姜さんのことが好きになったのか、ある日、
「鉄男君、鉄男君の家に遊びに行ってもいい?」と聞かれ、
戸惑いながらも、「えっ?・・・ああ、いいけど」と返事をした
ものの、「いつならいい?」と具体的に聞かれると、自分が
「在日」であることが大きく頭をもたげてきて、曖昧な返事しか
できなかった。

結局、その少女は、鉄男少年の家に遊びに行くことはない
まま、ほどなく(6年生くらいのときだったか)また転校して
行ってしまった。
何も「告白」できずに終わった鉄男少年。


場面は、現在の姜先生に戻り、「在日」ということで、「こもり」
ぎみで、友人と遊ぶというより、本を読んでいた少年時代と
その故郷=熊本に複雑な思いを抱く姜さんは、
「その少女に会ってみたくなった」と思いを告白し、そのNHKの
番組担当者に「捜査」を依頼した。

NHKの担当者が、東大の先生のいる教室の廊下で待って
いると、姜さんが出てきたので、担当者は告げた。

「先生、見つかりました・・・、判ったのですが・・・・、
 お亡くなりになっている可能性がありまして・・・」
「えっ?亡くなっている・・・?」
当時の新聞記事の切れ端のようなものを先生に見せるシーン。
その記事はその少女と同一人物だったようで、それによると、
19歳のときに交通事故で亡くなっていたのだった。

しばし、絶句したように、記事に見入る姜さん。
そして、姜さんは、戸惑いのあまり(また、どういう言葉を
言えばよいか困ったように)、一瞬、「照れ」と言ったら変だが、
当惑の「笑み」を浮かべた後、こう言った。

「19歳のときに・・・。僕が大学(早大)に入った年に・・・。
・・・本当に「憧れ(の人)」だけで終わっちゃったね・・・」

そして、姜さんは気を取り戻すようにして、そのNHKの人に
「ありがとう。(調べてくれて)ありがとうございました。
 本当にありがとうございます」、と何度も礼を言い、
姜さんが教室の廊下を歩いて去っていくシーンで、
その番組は終わった。


映画「タイタニック」のラストシーンでは、「その後」結婚して、
幸福な人生を送り、晩年を迎え、老婆となったヒロインが、
「女は、海のように深い秘めた思いをいつまでも持っているもの
 なのよ」と語り、ダイヤを生みに投げ捨て、就寝し、夢の中で
の回想シーンで終わるわけだが、何も、
「海のような深く秘めた思い」を持っているのは女性だけとは
限らない。男にだって、いや、男こそ、そういう「部分」は強い
ように思えるのは、私だけだろうか?

あの日の夜、帰宅した姜さんは、もしかしたら、1人密かに
そっと「涙した」かもしれない。
もちろん、奥さんやお子さんに気づかれないように。

« ごくせん、高視聴率とのこと | トップページ | 笹本玲奈さんは本田美奈子さんの再来かも »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック