« 幸田浩子さん初アルバム&サイン会 | トップページ | かたえくぼ »

2008年2月24日 (日)

時効制度は廃止すべき

確かに「何も終ってなかった」のだ。
少なくとも被害者のお母様、妹さん、1990年に亡くなられたという
お父様といったご親族にとって、そして、「アメリカ合衆国司法省
米連邦捜査局(FBI)、ロスアンジェルス市警らにとっては」。
「終わった」と思ったのは、元被告人(容疑者)と、日本の司法関係
者、そしてほとんどの日本人「だけ」のことだった。

いわゆる「ロス疑惑」。事件は1981年に起きたが、実際、
私を含めた多くの日本人が知ったのは、1984年に「週刊文春」が
報じた「疑惑の銃弾」という記事だったし、実際、日本での司法上
での争いはそれをきっかけに遡上された。
そして、最高裁まで争われ、(殴打事件は別として)銃撃事件では
2003年に無罪が「日本では」確定した。

アメリカには「時効制度」などという「甘っちょろい制度」は無い。
同国は「属地主義」だから、米国内で起きた事件は、どこの国の
人間が係っていようと、調査&起訴、裁判権がある。
「たまたま」、「属人属地主義(最初に属人が来る)」をとる日本と
捜査権、裁判権が重なったため、アメリカは、
 「我々は有罪にもっていける自信はあるけど、まあ、それでは
  「とりあえず」日本でお願いします」と、
 「一応、譲っただけ」、と言われれば、確かにそうだったのだ。

元容疑者にとって「計算違い」は、ロス市警に2001年に、CCHU
という「未解決殺人事件捜査班」が設置され、DNA鑑定の精度
アップに伴い検挙率、解決率が上がり、いわば、そのチームは
「エリート」とも言えるチームが存在していた点だ。

何もキレイ事だけではない。エリートなら、こう考えるだろう。
「おい、ここに報酬アップにつながる(起訴、解決可能な)案件が
 あるじゃないか、ラッキーだぜ」、と。

日本では、狙撃=殺人を依頼された人物=実行犯の特定の部分で
地裁が有罪とした点を高裁で「証拠不十分」として無罪とし、
最高裁もそれを支持して先述のとおり、2003年に終息した(と、
日本人の誰もが思った)のだった。
しかし、米国では、「殺人を共謀した」という事実だけで有罪にできる
という文化というか仕組みというか、この際、良し悪しは別として、
そういう日本と決定的な「違い」があることも、元被告人には同様に
「アン・ラッキー」だったのかもしれない。
元被告人はそこまで計算して、「計画を実行したのか」とうか。
知らないで計画したなら、「甘かったぜ、Mr.Mさんよ」。

さて、「証拠」として考えられることは幾つかあるが、1つは、実行犯
が別の事件で逮捕され、「他の容疑を自白すれば減刑される」と
という、いわゆる「司法取引」に応じたかもしれない、という点。
現段階では、FBIとロス市警関係者、といった、司法、警察関係者
のみぞ知る、というころだ。

ところで、「司法取引」というのは、逆に日本人からみると、
「甘い制度」あるいはいかにも「効率優先がかった妙な制度」に
見え、国による刑法体系は死刑制度の有無、賛成・反対の問題、
争点だけでなく、あらためて様々な性質の違いを感じて興味深い。
アメリカは州によって刑法典があるのは言うまでもなく、死刑の
有無等も州によって異なる。
「一事不再理」の概念構造も存在するが、カリフォルニア州の刑法
が、2004年に改正され、「外国で判決が確定して人については、
一事不再理の原則は適用しない」、とされた。
したがって、今回の逮捕劇は、直接的にはこの条文変更を土台
として「掘り返された」と見てよさようだ。


いすれにしても、追及を止めていなかった米国の「凄さ」。
そして、日本の法律、司法制度の「甘さ」。

小学校か中学校かの事務職を長くしていた男性が、女性教員を
殺害して、自宅の床下の土の中に埋めていたため未解決に
終わり、時効になってから出頭して、今は平々凡々と生きている
初老の男性がいて、以前、テレビカメラが追いかけてインタビュー
を試みようとしていたシーンを見たことがある。
その男性は、「もう時効なんだから関係ないんだよ」と、不機嫌に、
ぶっきら棒に取材を拒否し、逃げ惑うように散歩するシーンだった。

これが、日本の時効制度の現実の姿である。

« 幸田浩子さん初アルバム&サイン会 | トップページ | かたえくぼ »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック