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2008年1月18日 (金)

「系図 Family Tree」の実演を初めて聴いて

武満徹さんの曲の中で一番好きな曲、
「系図-若い人たちのための音楽詩」 ニューヨーク・フィルの
創立150年記念委嘱作なので、英文タイトルだと、
「Family Tree - Musical Verses for Young People」のライブ演奏を
初めて聴いた。

その前に、この日の演奏会である、沼尻竜典指揮による都響=
東京都交響楽団の演奏会全体の(他の曲の)感想。

1.武満徹 「弦楽のためのレクイエム」
 事実上の彼の出世作。ストラビンスキーが誉めたことも大きく影響
 したかおしれない。今となってはもう「古典」。
 特に「違和感のある響きではない」作品とさえ言えるくらい。
 この曲のスコアを1種持っているが、1種と書いたのは、数社から
 出ているようで、一番大元のフランスのサラベール社のものも、
 部分的には「正確ではない」らしく、最近、雑誌に矢崎彦太郎さん
 が、フランスで演奏する際、武満さん本人とファックスで矢崎氏の
 疑問点のやりとろをして、「補筆」して演奏したといエピソードを
 書いている。このころの武満氏のものは、後のように、米国の
 「ペ-タース」社や、今や武満のスコアと言えば「日本ショット社」
 というような状況になかった、ということだろう。
 この種のことは、岩城宏之さんも生前、どこかで書かかれていたと
 記憶する。

2. 武満徹 「アステリズム」~ピアノとオーケストラのための
 初演時(1969年)から「難曲」として有名で、特にピアノ・パートは
 高橋悠治という名手が存在しなかったら、この曲自体も誕生して
 いなかったろう、と言われる曲で、実際、この曲は初演者の
 小澤征爾氏と高橋悠治氏に捧げられている。
 この日は、小川典子さんが見事に弾いた。
 後半(終盤)の、強大なクレッシェンドの部分が有名だし、確かに
 すごいオーケストレーションだ。
 数多い武満作品の中でも、(初期のとかいう限定と関係無く)
 大変な「名曲」だと思う。

3曲目が、「系図」だったが、それは後に書くとして、休憩後の

4. ベリオ作曲 「シンフォニア」 
 イタリアの作曲家、ベリオ(1925~2003)についてはほとんど
 知識も無いし、したがって作品も今まで多分ほとんど聞いた経験は
 無い(はずな)のだが、それゆえ、楽しみではあっつた。
 この曲の初演は1968年で、武満の「ノーベンバー・ステップス」
 同様、ニューヨークフィル創立125周年委嘱作とのこと。
 日本でも数回演奏されているようだ。
 8人の声・・・歌というより、マイクを使ってのシャベリが主・・・を
 交えて、5部(5楽章といっても言いと思うけど)からなる。
 初めて聴いたが、冒頭からユニークで期待したが、プログラムの
 解説によると「内容的にも中心となる第3部」、で、失望。
 なぜか。
 何人かの作曲家の作品の断片が出てくるのはまだ許せるが、
 第3部は、マーラーの「復活」の第3楽章をベースにして、いや、
 ベースどころじゃなくて、実質ほとんどずっと底辺で演奏し続け
 ていて、その周辺を複雑な音や声やらをからめていく構造。
 多分、献呈したバーンスタインを意識してのことだろうが、
 「陳腐」「駄作」。これでは「引用どころか盗作」とさえ言える。
 こういうのは大嫌い。
 
 例えば、好き嫌いは別として偉大な作曲家と尊敬するバルトーク
 も、有名なオケコン=「管弦楽のための協奏曲」の中で、
 ショスタコービッチの第7番「レニングラード」の中のフレーズを少し
 引用して、その部分に、管楽器のトリルというかたちで、「冷笑」
 する部分があるのだが、あれは「余計」。
 バルトークほどの偉大な、才能豊かな人は、あんなことする必要
 など全く無いのに。あの部分させなければ、
 「オケコン」は、ストラビンスキーの「春の祭典」、ドビュッシーの
 「牧神の午後への前奏曲」、ラベルの「ダフニスとクロエ」とともに
 近代現代の最高の作の1つだと思うのだが。

 話がそれたが、そういう意味で、このベリオの曲は私にとっては
 意味の無い「駄作」

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3.に戻り、「系図」 (Family Tree」)

さて、そのベリオの前、前半の3つの武満の作品の最後に演奏され
たのが、今回のタイトルで、メインとして書きたい「系図」だった。

武満徹の「系図」(ファミリー・トュリー)は、「ノベンバー・ステップス」
から25年後に、同じく、ニューヨーク・フィルから、創立150周年記念
委嘱作として作曲された。前後のいきさつはわからないが、指揮者
のズビン・メータから、「子供のための(向けの)音楽を書く気はない
か?」と打診されたこともあり、その際はためらったが、結果、
1992年に作曲され、初演は1995年4月に、スラットキン指揮の
もちろん同フィル、「10代の少女のナレーション」を伴うため、
サラ・ヒックスという少女により行われた。

日本における放送初演は、1ヶ月もおかないころの直後に、
岩城宏之=N響、遠野凪子さんのナーレションで行われた。
ステージでの初演は、同年=1995年9月、今や、長野県における
夏の「名物」にすっかりなっている、サイトウキネンフェスティバルで
小澤征爾指揮サイトウキネンオケ、遠野凪子さんにより演奏され、
そのときのものが、、レイブ・レコーディングされて発売された。
その後、何年だったか忘れたが、デュトワ=N響、ナレーター同じ
により演奏され、テレビ放映もされた。

一見(一聴)、それまでのタケミツのイメージとは随分異なり、
基本的に調性がしっかりと基盤にある作品なので聴きやすいだけで
なく、谷川俊太郎さんによる詩(「はだか」という、全てひらがなで
書かれている詩集から、5つ)、「むかしむかし」、「おじいちゃん」、
「おばあちゃん」、「おとうさん」、「おかあさん」、「とおく」を
12歳から15歳くらいの少女を想定したナレーションにより、楽曲の
中で語られていく、というスタイルをとっている。

曲がキレイで、詩が結構「深刻」で、現代の「表面的はともかく、
内実は幸福そうでみない」状況を、谷川さんは、さりげない言葉で、
でも、相当辛辣に「現代」を描き出す状況を詠っているのです。
そして、武満氏もこの曲について、こういう気持ちから書いた、と
する文が残されているので(少し省略しながら)主要部分をぜひ
紹介したい。(ひらがなを漢字に等の変更は私がしています)

 「この騒がしさだけが、支配的で殆ど人工の音に浸って日常生活
  を送っている殊に若い人たちのために、何か穏やかで、
  キメ細かなシンプルな音楽が書いてみたかったのです。そして、
  その時、すぐに頭に浮かんだのは家族というテーマでした。
  私たち人間にとって、いま、家族というものが抱えている問題は
  かなり深刻なものがあると思います。だが、私はそうした問題を
  理屈っぽく描いてみるつもりはありませんでした。
  私たち人間にとって、どんなに時代状況が変わっても、家族と
  いうものは素晴らしいものです。なぜなら、それはこの社会での
  最小ではあっても、最も純粋なユニットだからです。だが、同時に
  家族という単位は、そこにある種の危険性を抱えてもいます。
  それは時に、外へ向かって開かれる力が内へこもって閉ざされ、
  排他的になってしまい、それは人種差別や国家主義に結び付い
  てしまうものです。今日の世界の状況は、その傾向の方が未だ
  強いのです」。
  (後略)
 


さて、ところで、この日の演奏、ナレーターは、水谷妃里(ゆり)さん
という若い女優さんで、私はこの日まで存じあげなかったが、4年前
くらいから、映画やテレビに出始めているようだ。
遠野さんは今では成人してテレビ等で今も活躍されているが、
少女時代の遠野さんの「語り」は、そう指導されたのか、わりと
クセのある感じの話し方をしていた。
この日の水谷さんは、良い意味で「普通」だったし、それでも感情
が特に表出して印象的だったのは、「おかあさん」の部分。
「女性は母親に対しては、いわく言い難い微妙な感情を抱く、
 特に少女期は」とよく言われるようだが、そんな印象を受ける語り
だった。

アコーディオンは、初演以来、岩城さんのときも小澤さんのときも
同じ、御喜美江(みき みえ)さん。これがまたステキなんだな。
特に、語りの最後、
「でも わたしは きっと うみよりも もっととおくへ いける」 の次、
一瞬の間を置いて、まるでシャンソンのような「粋」なメロディがいい。


この曲にこだわるのには、もう一つ理由がある。
所属するオケが、2000年、今は亡き、岩城宏之さんと、
「春の祭典」(ほか)を演奏した日の終了後のレセプションの、更に
その後の二次会で、私は初めて直接、氏に話しかけた。

「あの、次回はまた(1992年以来)、武満さんの曲をやりたいので
すが。ファミリー・トュリー、とかはどうでしょうか?」
(酒が入っていたはずの) 岩城さんは一瞬真顔になった直後、
 (そう、今にして思えば、真顔になられ、私はそれを見逃さな
  かった。でも、その意味はそのときは解らず、後日解ること
  になった)

「あれは、柔らかい音が必要だからねえ・・・」と、微笑を浮かべ
ながら言われたので、ダメかなあと思い、
「では、グリーン、とかは?」
「あれは(もっと)難しいよ・・・・」

ということで、諦めていたところ、2003年の年明けくらいか、
その年の夏の定演に、また岩城さんが来演していただくことに
なり、岩城さん(先生、という言い方をご本人が嫌ったので、さん
で、とおす)の場合、自分でプログラミングを提案されてくるのが
常の中、なんと、3曲の中に「系図」が含まれていたのだ。
私の喜びはご想像いただけるだろう。

ところが、結論から言うと、これは「今回は無理で、3年後くらいに
やろう」ということで、(団内意見は割れて、すったもんだの末)、
結局「お流れ」になった。
理由は明白。フラジオレット(ハーモニクス)という、弦にとって
特にアマチュア奏者にとっては大変難しい奏法を求められる部分が
多々あったこと。
武満の作品には共通していることなのだが、武満のスコアを沢山
持っている私も、当時はまだ、日本ショット社が「系図」を出版して
いなかったため、単に、武満にしては「耳ざわりの良い」、美しい
演奏だけに関心が行っていただけだった。

私も、渡されたパート譜(スコアは正規には出版されていなかった
から、原譜から、某社が写譜したもの)を見たときは唖然、呆然、
仰天したのだった。
「ここの部分の、この美しい旋律はハーモニクスで書かれていた
のか」、と。それも、1箇所や2箇所ならともかく、曲の中の、弦の
部分の(多分)3~4割近くはそうなっている。
「これは、確かにアマオケにはキツイ」、と私も正直なところ思った。

後で知ったが、岩城さんも、この曲をすごく気に入っていて、
音楽監督を務める「OEK=オーケストラアンサンブル金沢」という
少人数=室内オケ、でも演奏でいるように、なんと氏自身が、
「ひと夏かけてアレンジした」くらいだったし、実際、OEKと演奏
され、そのCDも発売されている(2003年9月19日ライブ録音)。

ナレーターは、「10代」という作曲者の希望を、敢えて変えて、
なんと吉行和子さんがされている。我々のときにもそうしようと
お考えだったようだ。
でも、録音を聴いた際の、私の正直な感想は、
「やはり少女のほがいいな」。

でも、いずれしても、2006年6月の氏の逝去によって、
「岩城さんと、もう一度、タケミツ、それも「系図」を演奏する」
という夢は、永久に失われてしまった。

今更ながら、とても残念に思う。
きっと、お客さんは感動してくれたと思うのに。

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