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2007年12月20日 (木)

「地球外生命体」について 町村官房長官のUFO発言は面白い

町村官房長官が、「UFOは絶対にいる(存在する)」と発言されたと
いう。政治家の、こういう発言自体が珍しいので、面白いニュース
と感じた。

UFO=Unidentified Flying Object 未確認飛行物体については、
私は特に、いるとかいないとか、あまり興味が無い。
というか、そういう発想、話の展開の在り方が奇妙な感じがする。

ただし、「地球外生命体は存在すると思うか?」 との問いには、
私は、「100%存在する」、と答える。
でも、この答え方も正確では無い。

なぜ、宇宙が誕生したかが、完全には理解(あるいは証明)されて
いないのと同じ理屈で、
「地球以外に生命体は存在しない、という理論自体に無理がある」
と思うのだ。

また、「地球外に生命体は存在する」、この、「する」の部分もまた
問題で、少なくとも次の3つの状況を考えなければならない。

(1)現時点の地球時間において、どこか遥かかなたに、どんな形
   をしたものかは別として、とにかく現在の時点=地球時間とも
   言うべき今の時点において、どこかに存在している。
(2)地球を基準とした時間帯からすると、ずっと昔、地球が誕生は
   したが、生命体が宿る以前の時代、あるいは地球が誕生する
   よりも以前の時間帯において、どこかに存在したが、
   今は滅亡している。
(3)これから、地球時間の来年か100年後か1,000年後に、
   いや、地球が爆発滅亡後の数億年単位後に、どこかに誕生
   しようとしている。

この3点のどれかにおいて、「地球外生命体は「必ず」存在する」
と思うのだ。

なぜ、必ず、と思うのかは、詭弁に聞こえるかもしれないが、先述の
とおりで、「なぜ地球が誕生し、人間というかたちにまで進化
したか?そもそも、宇宙がどうしてできたのか?が解らないのと同じ
理屈で必ず存在する」と答える。

もっとも、別に「感情論」なんかじゃ、全く無い。

誰かが、
「生命体は地球にだけ存在するという奇跡とロマンを信じたい」と
 言ったというが、
「冗談じゃない、そんなの全く逆の、アンチ・ロマンの発想であって、
奇跡は有り得ないということこそ、ロマンじゃないか」と反論したい。

逆に、感情論的に、「UFOはいる」とか「宇宙人はいる」という意見
にも私は与(くみ)しない。


要するに、この何億光年あるかさえ完全には掌握できていない
広大な世界(宇宙)のどこかにおいて、

「太陽と地球の位置等、あらゆる物理的状況が、完全もしくは、
 ほぼ一致する関係にある惑星」が存在するとするなら、現在の
 地球年=状況と同じような状況(人間に似た生物がいて、文明を
 創っている)かどうかは別として、全く同じ「物理的要因、論理で」
 生命体が「当然」誕生している」

という、極めて単純な論理的な見解にすぎないことを、私は言いたい
だけだ。

そして、実際、太陽のような恒星が、銀河系のそのまた遥か遠く
の別の多くの銀河系に、数万ともいわれる数が存在していると
言われているのだから、それらの恒星の内のどれか1つか数個の
惑星が、太陽と地球と同じような位置関係、すなわち温度とか諸々
の物理的状況が同じ、ないし相当近い(似た)状況にある惑星も
当然のこととして、相当高い「確率」論として存在すると思う。


ただし、それが、先述のもう一方の「ロマンティスト(?)」が言う
「宇宙人が円盤に乗って、地球に過去も現在も来ている」などと
いうこととは、「全く別の問題」、なのだ。

そういう意味において、
 「いない、地球だけに生命体が存在して欲しい」なんて発想も、
  「極めて「傲慢な考え」にすぎない」、と思うし、
今述べたように、
 「宇宙人という(どういうかたち?)生命体がいて、円盤という、
 進化した科学物体に乗って、地球に来ている」という発言も、
  「ただの空想の次元を全く出ていないレベルの話」なのだ。

もちろん、こうした理屈から、人類が誕生する以前には、そういう
進化した地球外生命体が、「飛行物体」に乗って地球に飛来した
かもしれない、ということは、理屈の上からは「有り得る」と思う
けれども。

だから、私にとって、「宇宙」とは、
「空間である以前に時間という概念の問題、存在」と捉えている
のだと自分で感じる。もちろん「確信」までは言っていない。
でも、まず「時間というものが誕生して」それが「空間」というもの
を創り出し、それが「宇宙」となって、多くの銀河系ができ、
太陽系ができ、地球ができ、多くの生物の中から、あるいは
それの1つの「形態」として「人間」が誕生した、
そんなようなイメージを抱いている。

でも、逆かもしれない。まず、「空間」が(ビッグバン理論のように
かどうかは別として)誕生し、そこから、「時間」という概念が生じ、
その「時間」こそが全てを支配するかのごとく、あらゆる銀河体系
を生み出し、地球の人類も(あくまでも1つの「形態」としてだが)
誕生に至ったのかもしれないが。


それにしても、
「100年後には、今、地球上に生きている人間のほとんどは
存在していないのだ」、という、絶対的事実を、
「虚しい」ととるか、「ロマン」ととるかは、その人の人生観とか
これまで生きてきた状況とか、様々な要因において、
「感想」は分けれるのだろう。 「それもまたロマン」、か?

特に強い要素は、「しあわせ度」 かもしれない。

それで、あなたの思いはどちらですか?

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