« 関口知宏さんの中国鉄道大紀行 | トップページ | ジュリーニ指揮BPOの第9について »

2007年12月 3日 (月)

山本義隆氏に関する所感

私はいわゆる全共闘世代(ほぼ団塊の世代と言える世代)では
ない。その10歳か「ひと周り」下の世代だ。だから、1960年代
後半の、「日本だけでなく、世界的な熱いエネルギー」に、
少なくとも「青年期」としては直接触れなかった世代であり、
それは多分、幸運だった面もあるのだろうけれど、でも、正直に
言うなら、「必ずしも幸運だったかどうか判らない」という疑心は
少しあるだけでなく、あの時代や当時の青年の(偽善や欺瞞も
含めた)情念等に、相当大きな興味(羨望とまでは言わないが)
を持っている(あるいは一時期は持っていた)世代(おそらく
最後の世代)の1人ではあるのかもしれない、とは思っている。

最近、渡辺 眸(ひとみ)さんという写真家が、
「東大全共闘 1968~1969」 という、白黒写真をメインとした本を
出版した。特色といえば、唯一、当時、フリーであったことから、
あるいは、これから語る山本義隆氏の奥さんとたまたま友人関係に
あったことからか、東大内部、すなわち「立てこもっていた学生側」
からのショットがメインとされていることだろう。

でも、正直に言うなら、それ自体は私にはさほどの「インパクト」は
なかった。10年ほど前に見て購入した「全共闘グラフティ」という
「写真集」のほうがインパクトがあったように思う。
妙な(というか、女性には怒られるか、顰蹙を買う)言い方だが、
若い男性なら誰でも、「女性のハダカの写真」あるいは、その類の
雑誌等を「見る直前にドキドキするとき」のような興奮を、
あの時代の学生運動の「残滓」とでも言える「写真集」を
「ある種の興奮をもって」見たころもあったのだ。
もっとも、「あの感情」を私自身でも、今でもうまく説明
(解説、解析)することはできない気がするが。

だから、今回の渡辺氏のものは、申し訳ないが、私のように直接
あの時代やその現場にかかわってはいない人間にとっては、
多分私に限らず、本自体はさほどの内容には思えないと想像する。


にもかかわらず、私がこの本の出版時に大きな関心と注目を抱いた
理由はただ1点に限る。
なんと、「あの」 山本義隆氏が、出版に際して文章、それも
相当長い文をあとがきの位置に書いて(寄せて)いたから
である。

山本義隆、という人の名は、私のように「遅れて来た世代」にも、
「知る人ぞ知る」人、である。

東大物理学の学生時代から、「将来はノーベル賞級の仕事をするに
違いない」と囁かれ、実際、大学院は京大の湯川秀樹門下生となり
湯川氏はじめ多くの物理学会の人からその将来を嘱望されていた人
ということくらいは、「私のような、あらゆる意味で(世代、時代、
関心、才能等々)もっとも遠いとことにいる(いた)人間」でも知って
いる。
彼が、「東大に戻り、学生運動に加わります」とした際、湯川博士は
ひどく落胆したと伝えられている。


「東大陥落、そして彼の逮捕後」、彼は大学に戻ることは無く、
東京の有名な大手予備校で物理学を教えながら、カッシーラという
学者の紹介(翻訳)や、いくつかの有名な書物で、賞を獲るなどの
「活躍」をして今日にいたっている。

例えば、
「磁力と重力の発見」 (みすず書房 全3冊)、とか、最近では
「一六世紀文化革命」 (同社 全2冊) も大変話題になった名著
のようだ。

ただ、少なくとも、私は勝手に、
「彼は「あの時代」のことは今後も絶対に語らないのだろうな」と
思い込んでいたし、実際、10年以上前に、東大の学生が大学の
歴史をまとめる本を作成するため、氏にインタビューを申し入れた
ところ、言下に断られた、と聞いていたし、ほとんど
「その関係での」インタビューは拒否し続けてきた、と、
そういう認識でいた。

ところが、それは全く違っていたことが今回解った。

   「闘争を記憶し記録するということ
    渡辺眸「東大全共闘1968-1969」によせて」

とする結構長い文を寄せていて興味深く拝読した。
東大における「闘争」のきっかけ(もちろん医学部のインターン制」
をめぐるもの)や、初期の大学側とのやりとり等の解説のほか、

彼は、「大学当局がどれほど無責任で破廉恥なことを言っていた
のか、共産党系の諸君の主張がどれほどご都合主義でいい加減
であったのかは(この本のように)記録されるべきだと思っている」
とし、
「過誤を犯し、それゆえ謝罪しなければならないはずの教授会が、
 まるで慈悲を(学生に)たれているかのように高みから恩着せ
 がましく言うことによって、自分たちの責任を回避しようと
 している」

「彼ら(何人かの、あるいは多くの教授たち)は、自分たちの保身
 のために、白を黒と言い含め、学生の人権を踏みにじったので
 ある」
と、相当手厳しい。

山本氏の「精神」や「信条」は、当時とまるで変わっていない
どころかますます意気盛んでさえあることを知って、
ある種の「感動」すらこの文を読んで、覚えたほどだ。

要するに、教授たち=大人たち、その「汚れた保守的な精神」に
対する、若者らしい純真で、同時に非常に論理的で真っ当な論点
から出発していったことは間違いないようだ。結果的、最終的な
方法論の是非は別として。

もちろん、彼らとは別のところで、リンチ、とか、セクト間の「内ゲバ」
とか、政府側からしたら「願ってもないような、しょうもない集団、
や、グループも、多くの大学等の内部にはあっただろうけれど。

先ほど紹介した文は、全文の10分の1にも満たない。
興味のあるかたはぜひ本屋で手にとって、お読みください。

« 関口知宏さんの中国鉄道大紀行 | トップページ | ジュリーニ指揮BPOの第9について »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック