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2007年11月 4日 (日)

エディット・ピアフ讃

映画 「エディット・ピアフ 愛の讃歌」を見た。1ヶ月以上前から
見たいと思っていた。いくつかの劇場は既に上映が終了したが、
それと入れ替わるようにして、池袋シネマロサをはじめ、いくつかの
劇場でスタートしたのは嬉しい。

圧倒的な映画だ。波乱の、などという言葉では軽すぎるくらいの
「激烈なピアフの生涯」を私たちの前に明かしてくれる。

不遇な幼少時代、成人して見出されてからの歌への自信と
レッスンでの格闘、母親を絶対に許さない情念、成功後の傲慢、
孤独、不安、犯罪者扱い(ぬれ衣)とそこからの復帰、
恋、そしてその恋人との予期せぬ別れ、薬物中毒、病気、
孤独な死・・・・。

彼女の歌声が、感情に直接訴えてくるのは、単なる技術的な問題
などではなく、正に彼女の人生からの叫びであるからだ。
フランス語が解からなくても、グサッ、と心に入ってくる声、歌。
ジャンルを超えて、時代を超えて。エディット・ピアフはこれからも
世界中で絶賛され続けていくことだろう。

映画の中で、例えば、幼少時、街頭で「ラ・マルセイエーズ」を歌う
シーンとか、成功後、マレーネ・ディートリッヒとの邂逅のシーン、
あるいは晩年、海岸で1人編み物をしているシーンなどはとても
印象的なシーンだ。
その海岸では、女性記者から穏やかにインタビューを受ける場面
もある。そこで彼女はこう答えている。

 正直に生きることはどう思いますか?
  「そう生きてきたわ」
 もし、歌えなくなったら?
  「生きていないわ」
 死を恐れますか?
  「孤独よりマシね」
 女性へのアドバイスをいただけますか?
  「愛しなさい」
 若い娘へのアドバイスは?
  「愛しなさい」
 子供には?
  「愛しなさい」

そして臨終のシーン。ここで2人の「マルセル」が回想される。
1人はもちろん生涯の恋人、ボクサーのマルセル・セルダンだが、
もう1人は、劇中では最後に触れられる、若き日に出産して、
すぐ死亡した自分の娘、「マルセル」。この2人の名の偶然。
そういえば、彼女の父がルイ、エディットを最初に見い出だした
キャバレーのオーナーもルイ、彼女の生涯のマネージャーも
ルイ、というもの偶然。

ところで、もしこの映画に残念な点があるとしたら、第二次大戦中
の時期が省略されているので、その時期のことを知りたかった、
ということと、やや、時代時代の場面転換が頻繁すぎて、
頭の整理上、混乱しがちという点はある。
それから、一番有名な「愛の讃歌」に関する部分や、その歌唱の
場面がほとんど触れられていなかった点はやや残念ではある。

それにしても、主演のマリオン・コティヤールの鬼気迫る素晴らしい
演技はいくら絶賛してもしきれないくらいだ。
「これこそ女優の仕事、俳優の仕事だ」と、驚嘆を禁じえない。
日本人の女優で、このストーリーを演じれる人がいるだろうか?と
想像したが、思い浮かばなかった。

全編フランス語の映画は久しぶりに見たし、歌唱の部分は当然
ピアフ本人の歌声によるものなので、とにかく、ピアフに関心の
ある人はもちろん、そうでない人も、シャンソン好きでもそうでなく
とも、フランス文化に関心にある人もない人も、多くの人々に見て
欲しい映画である。

ピアフは1963年10月、47年と約10ヶ月の短い生涯を終えた。
彼女の葬儀にはパリやフランス全土から多くのファンが訪れ、
パリの交通網は完全にストップ(麻痺)したという。
今でも、少なくともフランス人にとって、ピアフは知らないでは
済まない存在であるし、シャンソンに限らず、世界中の
音楽を愛する人の多くも同様の感情を抱いているに違いない。
エディット・ピアフは永遠の存在である、と。

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